「僕のフォースの力の源は、負の感情だ。悲しみの果てに、相手を憎み、殺そうとする。
 焼けた鉄のように紅い感情だけが、俺を強くする。言え、マスター。俺に――――」

セイバーの憎しみに濁る赤い目は、黒い闇刃を持つ男に向けられていた。

「俺に――――あの男を、憎ませろ」

倒れこんだ慎二を見る。
こちらからは伺うことのできない慎二の顔が、俺に向けて笑いかけた気がした。

俺は――――例えここで死んでしまうとしても、自分の想いを貫き通す覚悟を、決めた。

「令呪に告げる――――セイバー、あの敵を倒せ」

左手の甲に走る鋭い痛み。
二つ目の令呪が一瞬赤く光り、役目を終えたことを表すようにその輝きを失った。

「――――マスター、今、何を」

こちらを見たセイバーが言った。

俺はもうセイバーの方を向いていない。
倒れた慎二にかけよる桜とマーティ。二人に向け、黒い十字架を構える神父。
ただそれだけ。それだけを見据え、手のうちにある二振りの木刀を強く握る。

「憎む必要なんて――――ない」

自分自身に言い聞かせるように、そう呟く。

「俺は――――俺は、自分を張り通す。憎まなくたって――――」

手足に強化の魔術を使用する。
明らかに自分自身の器を超えた魔術行使だと言うことが知れる。
きしみを上げる体が、魔術回路が、限界を訴える。

引くわけにはいかない。
俺は衛宮士郎だ。これが、衛宮士郎だ。
たとえそれが、一人の男の在り方を否定することになろうとも、断じて張り通そう。

「憎まなくたって、俺は立っていれる。こうして、俺でいれる。そんな力に頼らなくたって――――」

強化された短い二振りの木刀。握り締めたそれが、みしりと音を立てたような気がした。

「俺は、みんな守ってみせる。誰一人だって死なせるものか。
 それが夢のような絵空事と言われようと、理想でしかない奇麗事であろうと――――」

輝きは遥か、失われた父の遺した思い。
それが如何に眩しかろうと、張り通すと決めた。
この身を支えるものは、頑なであっても、鉄ではない。


 それは、磨耗しえない―――― ■ ■ ■ ■。


       ――――ガキィン――――!

力任せに振るった二つの木刀を、甲高い金属音と共に、言峰の持つ十字架が受け止めた。

言葉を自分自身に言い聞かせるうち、いつの間にやら走り出していたらしい。
掴みかけた何かが、剣戟の合間へ消えていく。

俺は必死に言峰へと木刀を叩きつける。
そう長くは続かないと分かっている。
自分の限界を超え、無理をしているとも分かっている。
ただそれでも、不思議と倒れる気はしなかった。

何故なら

折れることも、揺らぐことも、ましてや磨耗することなど決してありえない


そう、この身はきっと――――■■■■で出来ているのだから。






衛宮の馬鹿が、また魔術を使いやがった。
糞神父に迫る衛宮は、人とは思えない速度で両の木刀を打ちつける。

一体どこからそんな力が沸いてくるのか。
魔術でもフォースでも説明がつけられそうになかったが
長く続かないであろうことは、はっきりしている。

「――――兄さん――――兄さん!」

桜が泣きそうな顔でボクを呼んだことで
初めて自分が横っ腹を抉られていることに気づいた。

相当深く抉られているように見えたが
お気に入りの白いブルゾンと本皮のベルトがお釈迦になるのと引き換えに、傷を浅くしてくれていた。
とは言え、ズボンは結構赤く染まっている。

「――――ライダー、聞こえるか」

ボクを支えてデロリアンまで運ぼうとしているライダーが応えた。

「聞いてるよ。シンジ、あまり喋らない方が……」

「放っておいたって死ぬような傷じゃないよ。
 それより、今ボクがしっかりしなきゃ、このままじゃ全滅する。
 一分限りの方だって、あんまり多用すると品がない……というか、マズイかもしれないけど……」

ボクはデロリアンをちらっと見る。
この一行の舵取りをする立場から言えば、同じような策を用いるのは気が引けたが――――

「しょうがないね、全く。
 ホント、手のかかるやつだよ」





紅い輝きへと、黒い輝きが打ちつけられた。

「――――くっ」

押し負ける。
おそらく、フォースとしての単純な自力ではこちらが勝っている。
斬り合ううち、技術や素早さという点では次第にこちらが優位に立ち始めていた。
が、本来ならば、こちらが得意とするはずの力の面で押し負けている。
相手は暗黒面に身を堕とすことによって、爆発的な力を発揮している。

もはやこの身に、一片の情もないと思っていた。

――――少し、このマスター達と関わりすぎたのだろう。
こちらの紅に対し、相手の黒。
その色が象徴するように、暗黒面への傾き方で、相手は圧倒的にこちらより上だ。

それを覆すための令呪行使のはずだったのだが――――


『全ての人を救う。誰一人死なせない』


くだらない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
誰もが抱き、誰もが捨てる理想。否、それは夢想だ。

叶い得ない想い。しかし、それを――――

抱き続けるには、一体どれほどの強い想いが必要なのだろうか。

シロウ――――あのマスターが抱くその想いは、彼自身が考えているより、ずっと途方も無く強いものだ。
その想いは令呪を通して、サーヴァントであるこの身にまで浸透してきていた。

「敵を倒せ」という曖昧な命令では「憎め」という単一の命令の効果には及ばない。
それどころか、この「敵を倒せ」という命令は、言外に秘められた「憎むな」という意思によって
結果として、マイナスの効果まで生んでしまっていた。
紅いライトセイバーが、その輝きを失いつつあるのだ。

こちらの真名であるはずの――――ダース・ベイダーを名乗る男が振るう、黒いライトセイバーと斬り合うたび
薄れた紅い輝きは、呑み込まれそうなほどに侵食される。

それも令呪の効果なのだろうか。
体のどこからか、いつしか失っていた力が戻りつつあるのを感じた。
しかし、ライトセイバーはそれに反し紅い輝きを失いつつある。
これでは――――

ついに黒い闇刃が、紅い光刃を弾き飛ばした。
ベイダーを名乗る男が、弾き飛んだライトセイバーの柄をフォースで捕らえる。
いつかの決闘と、同じ光景。
残るはフォース・ライトニング――――しかし、それが通じないことは先刻はっきりしていた。
ここまでか――――

そのとき、男のやや左の空間が歪んだ。同時に青い電光が走る。
それを察知した男は、一歩引こうとする。
――――だが。
フォースの単純な自力では、こちらが勝っているのだ。

「行かせると思ったか?」

男に向け突き出した手。初歩の単純なフォースの使用。
下がろうとする男の体をひきつけ、その場に止まらせる。

突如虚空から現れたデロリアンが男を轢き、そのまま男ごと虚空へと消え去り――――

一時もおかず、今度は男なしでその場に現れた。





ここに来るまでに既に飛行を含めた長時間の運行をしているため
今残されている燃料では、長時間のタイムトラベルは不可能だ。
燃料を補給しているヒマもありそうにない。

使用できて最短の時間移動で五回といったところだろう。
この五回で、燃料を使い切る計算になる。

十分だ。むしろ、ちょうどよいと言っていい。

後部座席には、瀕死のランサーと遠坂、それを看る桜。
運転席に乗ったライダーの隣、助手席にはボクが乗る。

「いいかライダー、連続五回だ。
 一度もミスは許されないし、荷を下ろすときも注意を払って、それでも速く。
 ――――できるか?」

ライダーはハンドルを握り、前を見つめる。
決意の眼差し。ボクは、コイツが英霊であるわけが分かったような気がする。

「正直、ヘヴィだね――――でも、やるさ。やらなくちゃならない。
 こんなときにしっかりやれなくちゃ――――腰抜けって言われたって、言い返せない」

「……よし。行こう――――まず一分過去へ、衛宮家へのタイムトラベルだ」

神父と戦う衛宮を、黒い男と斬り合うセイバーを残し、衛宮家へと一旦帰還した。

着くさまランサーと遠坂を降ろす。
着いてこようとする桜に二人を看るよう言いつけ、再び教会へ。
これまでで既に、過去へ飛ぶことによって生まれた一分の余裕は消えている。

「次も一分過去、教会前にいるあの黒い男の前だ。セイバーを轢かない方向から」

       マ ス タ ー
「注文が多いお客さんだよ」

この時間移動と、次の時間移動が最も危ない。
ボクは覚悟を決める。

タイムトラベルの直後、正面に黒衣の敵サーヴァントが現れた。
そのまま間髪入れず、三回目のタイムトラベルに入る。

「一分未来で座標はこの真上だ!」

動けない敵サーヴァントを道連れに、一分後の教会上空へと移動する。
男は黒い闇刃を振り上げるが――――重力に引かれ、あえなく落下した。

「ギリギリだったね……ライダー、一分前の教会だ。座標はアイツを轢いた場所でいい」

再び、最初のタイムトラベル前の時間軸まで遡る。
教会前にいるのはデロリアンに乗った僕とライダー。
そして、ライトセイバーを失ったセイバーと、神父と斬り合う衛宮。

セイバーにライトセイバーがあれば、一分後に黒い男が教会上空から落下してくるまでに
神父をやれたかもしれなかったが……

「よくやったライダー、お前はセイバーを。ボクは衛宮を連れて来る。すぐに撤退だ」





もっと。もっとだ。
一撃でも多く。一瞬でも速く。一振りでも力強く。
言峰に向けて、木刀を振るい続ける。
幾度目かの斬撃を打ちつけたとき――――後ろから、頼れる銃声が響いた。

「衛宮ぁ――――っ!遠坂達は助けられた!引くぞ!」

手の動きを止めると、言峰と目が合った。

「――――ここで勝負をつけるにはまだ早い。
 決着の前にもう一つ、潰しておかねばならぬ蟲もいる」

「――――遠坂に何かあったら、アンタただじゃおかないからな」

交錯する視線。
俺はきっと、もう一度コイツと殺しあうことになる。

「衛宮!」

俺は慎二の援護射撃を受け、デロリアンに向けて走り出した。





全員が衛宮家へと撤退した後、全員の手当てが行われた。

一番の重傷は遠坂とランサーだったが、幸い一命だけは取り留めた。
ただし、右腕と左手は切断というよりも、切断部分ごとごっそり焼き切られていて
たとえ病院に行っていたとしてもつながりそうにはなかった。

慎二の傷はそれほどでもなかった。
あの一瞬は、下腹部を抉り取られたのではないかと思ったが
実際は肉ではなく、上着を抉っていたらしい。
そのせいで、慎二の白いブルゾンは見事にお陀仏だった。

俺は――――情けないことに、全員の手当てを終えた瞬間倒れこんだ。
そのまま桜が夕食を持ってくるまで眠り続け、今やもうどっぷりと日は暮れている。

魔術回路の酷使による全身がマヒするような感覚。
肉体の疲労とあちこちの怪我。
――言峰に蹴りを入れられた腹が、どす黒く痣になっている――

それでも俺はちゃちゃっと夕飯を食べてしまうと
俺は弱った体を引きずって立ち上がった。
このまま倒れているわけにはいかない。

言峰はああ言っていたが、今また誰かが攻めてこないとも限らないのだ。
まず俺は――――



1・遠坂の容態を見に行く。

2・慎二にこれからの話を聞きに行く。

3・道場にいるセイバーに、あの男のことを聞きに行く。

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