無理だ、逃げよう。
一瞬でそう判断し、開きっぱなしの窓へと飛び込み前転をするように庭へと転がりでる。
二転、三転、転がった勢いを殺さぬまま、闖入者へと振り返った。
チュイイイイイイイィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーンン!!
大男が持っていたチェーンソーを一振りする。
それは、道を塞ぐ枝を脇に寄せるような行動であったが――窓ガラスどころか、アルミサッシごと、窓が木端微塵に砕け散った。
あれを受け止めようとしていれば、今頃真っ二つ……いや、挽き肉になっていたに違いない。
ホッケーマスク越しの殺意を視線で受け止めるのも束の間、前方に再度向き直り、全力で走り出す。
しかし、転がり出たのは皮肉にも屋敷の出入り口とは反対方向だった。
ヤツの追撃を避けて塀を飛び越えるには、このままの脚力では間に合わない。
「――構成材質、解明――」
「――――ッ――構成材質、補強ッ」
自分の足を強化するため、精神を集中する――!
結果としては、その集中が幸いしたのだろう。
研ぎ澄まされた感覚は、行使されかけた魔術を強制的に中止してでも、前方に身を倒すことを優先させた。
単純かつ圧倒的な質量を伴う暴力が、頭上をかすめる。
空気の振動は耳朶を打ち、脳を揺らし、無理に体制を崩した体は痛みを訴え、強制的に出力を落とされた魔術回路が視界を暗くする。
――マズい。
死ぬ。
どうしようもない。衛宮士郎は、こうして、ここで――
「死んで――たまるかァッ!!」
伏せたまま、左手で男の右足を掴む。
そう、強化するのは己の脚ではなく――
「基本骨子解明―構成材質解明ッ!基本骨子、変更―――構成材質、補強ォッ!」
灼け尽きそうな魔術回路を無理矢理使いつぶす。
精神の内奥より、焦げ臭い痛みが鼻をつくような錯覚すらする。
構うものか。遠のく意識を叩き覚ますぐらいで、丁度良い。ここで使えぬ力など、存在する意味がない。
何となれ、死んでしまえば何もかも終わりだ。
右手で男の左足を引っ張るように体を半身に起こし、同時に地面を蹴り飛ばして距離を取る。
男は、足元をチョコマカと動いていた獲物がチェーンソーの攻撃半径に再び入ったのを確認し、武器を振るおうとして――
骨子を変更し、絡み合わせてから強化された『芝生』に軸足である左足をとられ、無様に身を崩した。
無論、男がそれを意識して引き抜こうとすれば、足の裏全体の面積分の芝生程度は、簡単に引き抜ける。
しかし、そのタイムラグ――この瞬間を争う■し合いの中にあって、距離を取るには、十分。
問題は、逃げる方法が、もうないということだ。
これ以上の何の後押しもない純粋な魔術行使は、生存率を高める為の挑戦ではなく、唯の自殺になる。
しかし、魔術による強化がなければ逃げ切ることは不可能だ。運動性能の差が圧倒的すぎる。
逃げるつもりも、死ぬつもりもないなら、方法は一つしかない
――戦う。
そうと決めたなら、少しでも優位な場所を取るしかない。
遭遇時は考える暇もなく室外へと逃げ出したが、今のように超接近戦ならば、小回りの利かないチェーンソーの脅威は半減する。
男が家を背にして立っている以上――土蔵に逃げ込むのが得策だろう。
芝生にかかずらっているその間に、土蔵へと逃げ込んだ。
武器か、防具か、あるいは――戦況を打破しうる異物の存在を求めて、蔵内に視線を走らせる。
――無い。戦うと、決めた。それでも絶望に目の前が暗くなる。
感覚にして苦しいほど長く、現実にして悲しいほど早く、チェーンソー男は土蔵の入り口へと現れた。
自然と、男を睨みつける。浮かぶ言葉。
■されるくらいなら――■してやる。
突如、チェーンソー男が光りだした。
と、思うのも束の間、自分の背後から強烈な光が放たれているのだと言うことに気づく。
自分の背後の光の中から現れた影が、脇を通り抜け、そのまま流れるように前へと進み
土蔵の入り口に立つ男の手を――チェーンソーを持っている腕を――携えた光刃で、あっさりと根元から斬りおとした。
影は、それが大した行為でもないといった風に、あまつさえこちらに振り返り、言った。
「――お前がマスターか」
その影は、
1・憎しみに濁る赤い瞳をした、蒼い光刃を持つ男だった。
2・憎しみに濁る赤い瞳をした、紅い光刃を持つ男だった。
3・憎し……瞳は見えない。紅い光刃を携えた、マスクマン二号Blackだった。コーホーコーホー。
どこからともなく(mms://stream.xmusic.jp/c01/m40/0000185-40.wma)が聞こえてきます。