「――答えろ。お前が僕のマスターか」

光の中から現れた影は、濁った赤い瞳をしていた。
茶を基調とした胴着のような衣をまとったその男の手には、紅い光で出来た刃を持つ剣が握られている。

    その――剣――は――

極限まで酷使された魔術回路が、何故か過剰に反応する。
遠のきそうな意識と、その剣を見つめようとする無意識、その二つが混ざり合って、自分が何をしていいのか分からない。

「チッ……使えないな。いい、そこにいろ。邪魔をするな、始末してくる」

光の剣を持った男は、チェーンソー男を追って土倉を出る。
俺は更にそれを追うようにして、土倉から出た。

庭の真ん中辺りで、二人の男が各々の獲物を手に睨みあっている。

「ふん……狂化している割に、大したことがないのはそういうわけか。その不可思議な不死性、それがお前の宝具と見える」

その吐き捨てるような言葉を耳にして、チェーンソー男に視線を移すと
確かに先刻斬り落とされたはずの右腕が存在し、一緒に取り落としたはずのチェーンソーもまた、その手に握られている。

男の持つ紅い光刃が振り上げられ――ブゥン――と、空気を焼く音がした。それが合図だった。
三度、チェーンソーが唸りを上げる。
紅い光刃とチェーンソーが闇を裂いて激突する――!

一合、二合、三合――紅い刃と黒い鋸はぶつかりあう。
しかし、戦況は一方的だった。紅い刃が――光刃を操る男が、チェーンソー男を圧倒している。
無論、チェーンソー男の動きが鈍いわけではない。
その圧倒的暴力は以前変わらず、生身の人間なら一振りで血肉の塊へと変えうるだろう。
光刃を持つ男の動きが、疾(はや)すぎるのだ。
一撃一撃の単純な威力こそチェーンソーが上回っているが、その速度においては光刃に圧倒的な分がある。
茶色い胴着を着た男が、その手に持つ光刃を軽々と、半ば手を抜いているようにすら見える仕草で自在に操っているのに対し
大男は全身で振り回すようにして、チェーンソーを振るっている。
その巨大な武器を扱うのに体格、膂力ともに不足がないとしても、無駄な振りが大きすぎる。これでは――

光刃を持つ男が、単調なこの競合いに飽いたとでも言うように、剣の振りを早めた。
二合と打ち合わぬうちに光刃は鋸の速度を凌駕し、その一撃が再び大男の右腕を断ち斬った。
しかし、大男の動きは止まらない、チェーンソーを振るった勢いのまま半回転し、振り返ったその左腕から――

大きな鉈を、俺の方に向けてブン投げた。

「――なっ」

かわせない。受け止められない。ここまでか――!
反射的に目を閉じるが、来るはずの衝撃はいつまでも来なかった。
恐る恐る目を開けると――頭を砕くはずの鉈が、まさに目前でその動きを停止させていた。

    フォース
「――『理力』――間に合った、が――こちらは逃がしたな」

紅い光刃を持つ男が、こちらに片手をあげてそう呟いた。
チェーンソー男は消えていた。鉈によって生まれた一瞬のスキをついて、離脱したのだろう。
手を下ろし、紅い光刃の男が戦闘態勢を解いた。すると、紅い光刃の、その刀身が掻き消えた。

「だから邪魔をするなと言ったんだ。足手纏いになるのなら――」

と、そう言ったところで男がまた身構えた。再び紅い光の刀身が姿を現す。
情けないことに少しビビった俺に向かって、男が暴力の予兆に顔をゆがめて、言った。

「来客が多いな、マスター。今度こそ仕留める。邪魔をするな」

そうして、外の道へと面している塀の上に飛び乗ると、紅い光刃を振り上げて向こう側に飛び降りた。

「敵っ!?――――間に合わない、ランサー消えてっ!」

塀の向こうからそんな叫びが聞こえる。聞き覚えのある女性の声だ。
痛む体も、擦り切れた精神も、焼き尽きかけた回路も、その全てがこれ以上の活動を否定する。
それでも、急いで塀の向こう側へと走って回った。
塀の角を曲がった俺の、その視界に映ったのは
組み伏せた女に、紅い光刃を今にも突き刺そうとする男の姿だった。
ここからでは間に合わない。思わず、叫ぶ――

「やめろーっ!」

叫ぶと同時に、左手の甲が酷く痛んだ。
そしてその刺激が最後の一押しとなって――意識を失った。





「――と、いうわけなのよ。分かった?」

「ええと……まぁ、大体、分かった」

不承不承、俺は眼鏡をかけた凛先生にむかって頷いた。

目を覚ますと、情けをかけたことを怒られ、その上気を失ったことを怒られ
魔術師であるのを隠していたこと(それはしょうがない気がするが)を怒られ
魔術に関しても聖杯戦争に関してもほとんど何も知らないことを怒られた。
四連発で怒鳴り散らし、怒れる大魔人と化してツインテールを振り回す遠坂凛に
恋心に近しい淡い憧れを抱いていた俺は、少し――いや、かなり凹んだ。
一通り怒り終わった遠坂は、おもむろに眼鏡を取り出して、俺に聖杯戦争についてのもろもろの知識を教え込み始めたのだ。
聖杯とは、サーヴァントとは、そのクラスとは、それを制御する令呪の重要性とは――etc.etc...

「……で、その――セイバー、君が俺の……サーヴァント、なんだよ、な……?」

仏頂面で居間の隅にあぐらをかいている、紅い光刃を振るっていた男は、ひどく面白くなさそうに応えた。

「……どうやら、そのようだな。もともとマスターには恵まれない性質だが……
 召喚直後から、二連続で敵サーヴァントを仕留める邪魔をするマスターに仕えたのはこれが始めてだ」

「ホント、呆れるわ。助けられた方も流石にどうかと思うもの。
 しかしそれにしても――セイバー、貴方は一体何なの?
 あの膨大な熱量を放ち続ける光の剣は、普通の魔力で維持できる代物じゃないわ。
 まして、半人前以下の衛宮君程度が供給する魔力では到底不可能よ」

……半人前以下って言われた……

「ふん……言う必要はないな。今しがたお前自身がマスターに、真名と宝具の重要性を言っていただろう。
 そうでなくとも、敵であるお前に教える必要はどこにもない。もっとも、お前らごときが知ったところで何もできはしないがな」

「言うじゃない――ランサー」

遠坂がそう言うと、虚空から
皮の茶色と生地の水色を基調として、銀がアクセントに入っている、中世西洋の貴族風の格好に身をつつんだ男がその場に現れた。

「騎士道にもとる下賎な不意打ちを食らわせやがって、よくもそこまで大口が叩けるもんだなセイバー
 最優の英霊といってもピンからキリってやつだ。どうやらよほど生まれが悪いらしいや。いや、英霊じゃねぇな、反英霊じゃねぇのか」

「……生まれ、か。不意打ちとは言えマスターを護ることすら出来ず
 あまつさえ令呪の助けを借りて、ようやくかろうじて自身の即死を免れた英霊は言うことが違う。
 つけている鍔広の帽子もなかなかのセンスだな。そのついている羽は鳥頭の象徴だろう?洒落ているじゃないか」

「――――言ったわね、セイバー……!」

遠坂まで加熱している。

「あー……えーっと……その、ほら、ランサーはどうなんだよ。
 槍の英霊だってのに、腰に下げてるのは立派な剣じゃないか」

「……お、いい所を見てるなセイバーのマスター。お連れのサーヴァントは存在が糞まみれでいらっしゃるが、マスターは審美眼がおありのようだ。
 いかにも、この身はランサーのサーヴァントにして、我が宝具は君主より賜り、友に誓いしこのレイピア。
 その問いには、誇り高き我が名において、転生しようとも変わらずこう答えようではないか。
 『なるほど、私は制服を着てはおりません。けれども魂だけは持っています。私の心は銃士です』とな」

露骨なまでの話題そらしにあっさりとのってくれた。
褒め言葉に反応したあたり、口が悪いただのお調子者な気もするが、ひょっとしたら結構イイヤツなのかもしれない。
よし、どうかこのままランサーを褒めつつ話を続けて、時の経過が怒りを冷ますのを待とう――

「なるほど、レイピアは刺突を目的とした刀剣だものな。
 空色のマントに銀の十字架、レイピアを君主より受け、友情に誓いを立てるといえば、名誉ある第一銃士隊。
 そしてその台詞ってことは、誇り高き四銃士が一人、ダルタニャンか」

――と、考えすぎるあまり、ついうっかり渦中の話題の、しかも中心を突いてしまった。

……沈黙が、部屋に訪れた。セイバーは変わらず仏頂面で、ランサーは立ち尽くしたまま、寂しげに天井の隅を見つめている。
遠坂が無言で立ち上がり、ランサーのわき腹に蹴りを入れた。
それはまさしく槍と形容していい一撃だった。地面と平行の軌道を描き、吸い込まれるようにランサーのわき腹を抉り蹴った。
常人ならアバラが砕けるであろう完璧な蹴りに、さしもの英霊であるランサーも、くぐもった呻きを出してころがった。


「……ねえ、衛宮君。気が変わったわ。一緒に組まない?」

英霊を蹴りの一撃でマットに沈めた遠坂大魔神は、これ以上はないステキな笑顔でそう提案してきたのだった。



1・ハイ ヨロコンデ。

2・今すぐには、ちょっと返事をしかねるかな。

3・だが断る。

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