「――だが断る。この衛宮士郎が最も好きなことの一つは
 自分で断られない誘いだと思っているやつに『NO』と断ってやることだ……!」

言った。言ってしまった。
頭に最初に浮かんだ、かの名言を、この場面で、このタイミングで、言ってしまった。
セイバーも、ランサーも、遠坂も、俺自身でさえも、部屋全体の全てが一時停止した。
やがて動きを止めていた遠坂が、顔を赤らめ、ピクピクと震え出した。セイバーですら座ったまま、少し引け腰になっている。

「……言ったわね、衛宮君……いいわ!
 そんな風に状況を読んだ行動ができないようなマスターとなら、こっちだって提携はお断りよ!
 魔術師としてもハンチクのまま、この聖杯戦争を勝ち抜いて、生き残れると思うのならそうすればいいわ!
 次に会ったときは……容赦しない。敵同士だからねっ!」

赤いあくまがキレた。怖い。怖すぎる。チェーンソーの三倍怖い。
内心ガクブルの俺を、しかしセイバーとランサーは少し見直したような目で見ていた。
やはりいつの世も、怒り狂う女の誘いを断るというのは、英雄のみが為しうる所業だということだろう。
我ながら、よく言ったもんである。
都心部を我が物顔で横断する某巨大トカゲのように、居間をズガズガと足音を立てつつ歩き、出口へと向かう遠坂が
歩みを止め、こちらに振り返って、言った。

「最後に一つだけアドバイスよ。とりあえずは、教会の神父であり、聖杯戦争の監視役でもある言峰綺礼に顔を見せに行きなさい。
 ロクでもないやつだけれど、サーヴァントを失ったときの受け皿ぐらいにはなってくれるはずだわ。
 命がおしいと思うのなら、教会ですぐに令呪とサーヴァントを放棄して、日常に戻ることね。
 もう一度だけ言っておくわ、次に会ったときは、敵同士。容赦なく、殺すから」

そう言った遠坂の顔には、さっきまでのおちゃらけた怒りは微塵もない。容赦なく『殺す』
その言葉に、息苦しいほどの威圧を覚えるほどに、緊迫した表情だった。

出口へと向かう遠坂について、ランサーも出口へと向かっていった。
やはり同じように振り返り、こちらへと視線を向け、口を開く。

「改めて名乗っておこう。この身はランサーのサーヴァントにして、誇り高き四銃士が一人、大銃士隊隊長ダルタニャン。
 次に見合いしときは、セイバーとそのマスターよ、その命、必ず貰い受ける」

そうして、部屋を出て行った。
幾つもの戦場を越えた歴戦の勇士の、その鍛えぬかれた眼光に、俺は何一つとして言いかえすことができなかった。
セイバーはいつの間にか立っており、ランサーと遠坂の立ち去った方へと、睨みをきかせている。

「――ふん、ひとまずは命拾いしたな。マスター」

「……なんでさ。確かに誰も傷つかないで済んだけど――」

「やはり、分かっていないようだな。ランサーはもちろん、あの女でさえ
 いつでもお前の頭を消し飛ばせるようにしていたのに、気づかなかったのか?
 僕が令呪で行動を制限され、お前が気を失った瞬間に勝負は決していた。あのまま二度と目が覚めなくても不思議じゃなかった。
 むしろ情けをかけられたのはこっちだ。勝ち抜き、生き残るつもりがないのならマスターをやめろ。
 僕は僕で新たなマスターを探す。なんなら今からお前の首を手土産に、あの女の下に行ってもいい」

――ブゥン――と、音を立てて再びその刀身を見せた紅い光の剣を見て、俺はようやく目を覚ます。
今夜だけで、何度死に掛けたことか。そのほとんどが運で命を拾っている。
覚悟がなければ、おそらくもう二度と――大事な人々の笑顔も――継ぐべき理想のその先も――見ることは、できない。

「――分かった。セイバー、その剣をしまえ。今から教会に行く。俺の身を、護れるな?」

セイバーは紅い光刃を消すと、凶悪なまでの笑みに、赤く濁った瞳を光らせた。

「――僕はセイバー。最優の英霊だ。この剣に誓い、我が意思に誓い、この身を剣とし、マスター、お前を護ろう。
 ただ一つ、二度と僕の邪魔をするな。使えないようなら、僕はお前をマスターとして認めない」

「分かった。出来る限り努力する。行くぞ、セイバー」

行く道は暗い。
俺の未熟故にか、霊体として姿を消せないセイバーと二人で歩くと、自然と会話が始まる。

「――そういえば、いつの間にか俺の体の痛みとかが癒えてるな。
 魔術行使こそ、今夜はできそうにないけど――遠坂がやってくれたのか?」

「……お前は本当に周りが見えていないな。あのバーサーカーが壊したのであろう部屋も
 お前の傷も、全てあの女魔術師が癒した。お前が眠り呆けている間にな。
 僕が生きた時代に魔術は存在しなかった――似たような力はあったが――根源から与えられた知識と照らし合わせても
 あの女魔術師の魔力は強大だ。マスター同士の争いでは勝負にならないと思った方がいい」

なんだか今日は、自分の魔術の未熟さにずっと駄目押しをされつづけている気がする。
芝生を強化して危機を脱するときとか、人生最大に頑張ったのに……

「着いたな。あれがその教会だろう。敵サーヴァントの気配は、――っ!」

「セイバー、どうしたんだ?」

「――いや――何でもない。敵サーヴァントの気配はない。ただ……」

「ただ?」

「この辺り一帯のフォースが、かなり歪んでいる。僕以外の強大な力を持ったジェダイが、ここにいた可能性がある」

「――その『フォース』とか『ジェダイ』とかって何なんだ?今気づいたけど、俺は結局セイバーの真名を聞いていないし……」

「……ひとまず、聖杯戦争の監視役とやらから話を聞こう。
 土台となる知識を多く得てからの方が、出てくる疑問も的確なものになるはずだ」

「ん……分かった」

俺は教会の両開きのドアを押し開けた。
そこには長身の

         ――ドコカデミタ――

「ようこそ衛宮士郎。お前が最後のマスターだ」

黒い服を着た、男が立っていた。


言峰綺礼の説明は簡潔なものだった。おそらく同じことを説明しなれているのだろう。
遠坂の説明と重なる部分もあり、基本的にはそれを補うような形で、一通りの説明がなされた。
俺はこの神父にひどく嫌な感じを覚えたが、それはセイバーも同じようだった。
遠坂たちがそばにいたとき以上に、身構えているような気がする。
とにかくはっきりしているのは、ここが不愉快だということだった。

「――説明、ありがとうございました。それでは」

言峰は引き止めることもせず、返事をすることすらせず、俺達が行くに任せた。

ドアを後ろ手に閉め、俺は教会を後にした。



黒服の神父だけが佇む教会。
信心深いものなら、神だけがそれを見ていた、とでも言うのだろうか。
しかしそこにいる男は、神父でありながら、神の視線を案じることはなかった。

         ス カ イ ウ ォ ー カ ー
「――喜べ、叶い得ぬ理想に身を擲つ者よ。お前達の果て無き旅路は、ここに終焉を迎える」





【Interlude】『Light saber -blue-T』


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