そこには、その男一人しかいなかった。
黒いコート、黒いパンツ、黒いブーツ、黒いサングラス、そしてそれらを溶かす黒い闇。
電灯一つない真暗闇の公園で黒一色の格好をしているのにも関わらず、その圧倒的な存在感は私とボンドの目をひきつけた。
その男が、これ以上なく優雅にさっ、と手をあげる。
ついその手の先に目線をやると、そこにある公園の電灯が突然点いた。
明かりは、ステージで演技を始めるマジシャンを照らすスポットライトのように、円錐状の光陣を公園に描く。
すると、その明かりの中に、今まではどこにもいなかったはずの少女が一人立っている。
少女は、連れている男とは対照的に、白い。
白い光の中、白いドレス、白いスカート、白い靴、白い肌、そして白雪に燦然と輝く――赤い、目。
少女は男と同じく優雅につい、とスカートの裾をひろげ、こちらへと挨拶してみせた。
「今晩は」
「――貴女は」
「これは失礼を、私、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します。
協会の狗と、そのサーヴァントとお見受けしますが、いかが?」
アインツベルン――この地の聖杯を創った三家のうち一つのはずだ。
やはり参戦していたのか。
私の前に出るように、ボンドが一歩踏み出す。
「はじめまして、には随分な御挨拶だな、御嬢さん」
「そうでもないでしょう。だって私達は――」
少女の後ろに立つ黒服の男が、ボンドと同じように一歩踏み出し、少女の前にでる。
体勢を落とし、こちらに半身を向け、左手を突き出してカンフーのような構えをとった。
「これから、戦争をするんですもの」
それが合図だった。
私は無駄口一つ叩かず、銃を抜くボンドの横を通り抜け黒衣の男と対峙する。
その耳に、少女が続ける言葉が届く。
「やりなさい、キャスター」
何かの冗談か、と思う間もなく私は男との距離をつめる。にも関わらず、男はその突き出した手の指先を――
クイクイと、曲げてみせた。
その口元が「かかって来なさい」とでも言わんばかりに、歪んでいる。
「ふざけるな――!」
私は口でそう言いながらも、冷静に男の動きを見据えていた。
オーソドックスな右構えのスタイルから、様子見の軽いジャブを繰り出す。
男は突き出した手を太極拳のようにゆっくりと、しかし計算されつくした円の動きで動かし
私のジャブを打ち落とし――否、払い落とした。
再度ジャブを敢行する。しかし今度は一発目のように手を抜いてはいない。
相手が本当にキャスターならば、対直接攻撃用の策を用意しているかに思えたが
様子見とは言え、純粋な肉弾戦で私の攻撃を退けた以上、本当にキャスターかどうかはむしろ疑わしい
可能性は捨てきれずとも、そのような言葉に惑わされるわけにはいかない。
一発、二発、三発――繰り出される全力のジャブはことごとく突き出した手に払われる。
私は四発目の左のジャブのあと、右ストレートのフェイントを一つ入れた。
反応しかけた男の左腕を、返しの左フックで打ち落とす。間髪いれず左に飛びのき射線を開けると
後ろからボンドの援護射撃がくる。
男はとっさにその身を起こしてスウェーで弾丸をよけようとするが、しっかりと射線をあけたコンビネーションのおかげで
弾丸は男の上半身全体を覆うまでに撃たれている。避けきれまい――
しかし、男の体は物理法則を無視するかのように曲がり続ける。
膝下だけを残すようにして、上体全てが曲がりきり、銃弾を全て避けきった。
だがその体は無防備そのものだ。加えて、男が避けた弾丸は全て少女へと向かっている――!
私は避けると同時にやや残し気味に置いてあった右足で、男の膝下に払いをかける。
男は倒した上体で、ブリッジをして、両腕を地面につけていたらしい。
払おうとした足はそのまま空中へと浮き上がり、カポエィラの蹴りとなって私を襲った。
一発、二発、三発――四発めの蹴りが、私の横顔を捉えた。ボンドの元へと蹴り飛ばされる。
すぐさま顔を上げると、男も少女も傷一つなくそこに立っていた。
「宝具ならまだしも――愚直なただの銃弾で、魔術師を殺せるとでも思ったの?」
白い少女はくすくすと笑う。よく見れば少女の前にうっすらと空気の層ができているように見える。
おそらくはあれがボンドの撃った銃弾を防いだのだろう。
「ボンド――」
「分かっている」
ワルサーP99をしまいこみ、機関銃を取りだす。RC-P90――ジェームズ・ボンドの幻想から生まれた架空の兵器。
打ち合わせをしているときも、ボンドはできるだけ大物を使わず、拳銃で通したがっているように見えたが
この聖杯戦争――まして、御三家のうち最強と目されるアインツベルンとそのサーヴァントを前に、体裁を繕うほどの余裕はない。
さて、どう攻めるか――
1・イリヤにキャスター(?)の正体について、駆け引きを試みる。
2・ボンドの出す強力な重火器で、ハリウッド映画よろしく派手な銃撃戦へと移行する。
3・ボンドの宝具で相手の切り札を使わせ、フラガラックを狙う。
4・ボンドに男を任せ、イリヤに殴りかかる。
5・ひとまず退く。