倒れこみ、被弾に顔をしかめるボンドの横を走りぬけ私は再び黒衣のサーヴァントと対峙した。
すでに男は白い少女を素早く降ろし、こちらへと構えていた。
こちらが先ほどボクシングのオーソドックスな右構えをしていたのを見て、そうしたのだろう
左腕を大きく前に出した、ボクシングの構えでこちらを待ち受けている。
足場の安定しない砂場に立っていながら、その構えは一寸の揺らぎもない。
一体いくつの格闘技に精通していると言うのか。

私は構わず、ボクシングの構えをかなぐり捨てて、両手での全力のラッシュを開始する。
砲弾のような己が拳の連弾の音に混じって、銃声がする。
おそらくボンドが射線を取るため体をひきずり移動した後、敵方のマスターである少女の足止めのため
威力より狙いを重視した、ワルサーP99による援護射撃を行っているのだろう。

殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
絶え間ない無呼吸連打に、男はがっちりとガードを固めている。
しかし、ガードを固めつつも、その機敏な動きは失われておらず
器用に最小の動きで拳の着弾点をずらし、そのガードを開こうとしない。
私は連打の間吐き続けていた息を止め、拳で相手の視界から隠すようにして息を吸い込んだ。
それを察知したのであろう男が、ガードから一転
左のジャブから右のストレートのワンツーを打ち込もうとしたところで――――

伸ばした男の右ストレートを、バレリーナのように自分の体と平行に蹴り上げた私の左足が弾き飛ばした。
そのまま振り上げた左足をカカト落としの要領で相手の右肩にひっかけ、一息で男の頭ほどの高さまで飛び上がる。

なるほど、男の動きはいくつもの格闘技に精通していながら、どれ一つとしておろそかにしていない優れたものだ。
しかしそれは、あくまで普通の身体能力を持つ者のために練られた格闘技術だ。
このような空前の肉弾戦、その清潔な格闘技術では対応しきれまい――――!

男の肩にのった左足を基点として、振り上げた右足で振り子ギロチンのように男のあごを蹴り飛ばす。
その回転を殺さず回りつつ男の肩から落下し、左肘で男のわき腹から心臓を強打した。
相手がサーヴァントなため、どちらがよりダメージを与えたのか定かではないが、この連撃に男は完全にガードを崩し、無防備となった。
そこに、回転の中やや遅れぎみに反らしておいた右半身をムチのようにしならせ
ボクシングのストレートでも、空手の正拳突きでもない、ただただ全身全霊全力の全体重を載せた右拳を、男の鳩尾へと突き刺した。
相手が常人ならば良くて脊髄損傷、否、どう受けようと体の真ん中をブチ抜いて、体の向こう側から右拳が突き抜けていただろう。
だがそこはサーヴァント、体をくの字に折り曲げ、後方へと殴り飛ばすにとどまった。

<< すぐに引くんだ。こちらへと走って! >>

そこへ、ボンドからのレイラインによる音声が入った。
全力で放った右の残心もおざなりに、すぐさまボンドの下へと走って戻ろうとする。
4メートルほど戻った辺りで、顔のすぐ横を何かの砲弾がかすめるようにして
空気を裂いて敵マスター達のいる砂場の方へと飛んでいった。

<< 素晴らしい動きだった。バゼット、君は白兵戦のプロだな。あれほどの動きは見たことがない >>

前を見るとボンドは簡易小型砲台――RPG-7か――を肩に乗せている。どうやらあれがさきほどの砲弾を放ったようだ。
よくもまぁあれだけの銃器を次から次へと取り出せるものだ。
そんなものを顔を掠めるように放つようなこの戦いの最中に
軽口とすらとれる賞賛の言葉を投げかける彼を、頼もしく思うと同時に少し呆れすらして、思わず苦笑する。
そうして走りぬけ、ボンドの横に転がるように倒れこんだ。すぐそこにフラガラックの入ったバッグがある。
射線を取るため移動したボンドが、ついでに拾っておいたのだろう。
爆音はまだ聞こえてこない。そうして敵マスターのいる方へと向き直った。
見れば少女が、倒れこむ黒衣の男の前へと立ちふさがり、手を前へと突き出してロケット弾を空中で押しとどめている。
何発もの銃弾を押しとどめる力を結集すれば、ロケット弾の一つも止められるということだろうか。

そこに、今度はレイラインでない、ボンドの肉声が耳に入った。

「しかしバゼット、私も、殺しのライセンスを持つ立派なプロだ――
                                  ――銃というのは、こう使う」

腰を落とした構えで、ボンドが再び敵方へと銃を向ける。その手には黒光りするワルサーP99。
そして、その銃からただ一発だけの弾丸が撃たれ――的確に空中に停止する弾頭の雷管を打ち抜き、ロケットを爆砕させた。
大地を揺るがすような爆音。
マズルフラッシュが煌々として見えていたほどの暗闇を、爆風と閃光がかき消す。
その爆発の直前、息も絶え絶えな敵サーヴァントが立ち上がり
両手を前に突き出す白い少女をかばうようにして、その黒い体で抱きしめ、押し伏せるように倒れるのが見えた。
が、ロケット弾の爆風によって巻き上がった砂場の土砂により、噴煙が立ち込めて視界は奪われた。
いかなサーヴァントと言えど、あの距離でのロケット弾の爆砕は致命傷なはずだ。
半ば勝利を確信した私達の耳に――妙な、異常な、不穏な――そんな言葉が聞こえてきた。

『――浅はかな装いは剥がれ落ちる――』

これは、あの黒衣のサーヴァントの声だ。
私とボンドは顔を見合わせ、すぐさまRC-P90を取り出した。

『――赤と手をつなぎ、心を解き放つ――』

肌で感じる、最大級のその異常――いや、目前で実現しようとする最大級の神秘に
祈るように、無言で引き金を引き続ける。噴煙の中へと無数の弾丸が吸い込まれるが、詠唱は止まらない。
『――白い兎の導きは、穿たれた綻びを広げてゆく――』

私は最初に黒白の彼らと対峙したときの、白い少女の言葉を思い返していた。

     「これは失礼を、私、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します。
      協会の狗と、そのサーヴァントとお見受けしますが、いかが?」

協会の狗――そう、彼らは私が教会から聖杯戦争へと出向してきた魔術師と見抜いていた。
それは私を見ただけで、つまり、私をバゼット・フラガ・マクレミッツと確認した故、できる判断だったのではないか。

『――現世は幻、胡蝶の見る夢は泡沫――』

聖杯を悲願とし、求め続けたアインツベルン家が聖杯戦争にあたり用意するのは最強のサーヴァントともう一つ
参加する敵魔術師の情報のはずだ。
協会に所属していること、現存する宝具の所有者として高名なことから、協会に内通者がいるならそれを知ることはたやすい。
私がマクレミッツ家の魔術師――すなわち、フラガラックの伝承者と分かっていて勝負を挑むということは――

『――搾取の揺り篭は温く、荒廃の風が濡れた体を吹く――』

視界を遮り、時間を稼ぐことから連なって発動させる
『フラガラック破り』を為し得る呪具や宝具、あるいは――
視界を遮るうちに、一度発動さえしてしまえば、カウンターを取られるまでもなく勝負がつく
そんな決定的かつ圧倒的な切り札を所有していることと、同義だ。

『――私は愛そう、隣人を、神を、異教徒を――』

何故気づかなかったのか。
相手は襲撃の場所から、砂場という噴煙を立ちこませる場所取りまで、戦術に入れてあったのだろう。
私達がロケット弾による攻撃を行わなくとも、小型機関銃を出したスキルで手榴弾の類を使用できたに違いない。
私とボンドは絶えず弾丸を噴煙に向けて撃ち込むが、詠唱は一向に止まることがない。

            Trinity       The one
『――故に我こそ、三つ全てを愛するただ一つ――』

もはや一刻の猶予もない。私は――――



1・噴煙の中へと突入する。

2・一か八かフラガラックを通常発動で打ち込む。

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