■ interlude
バゼットがもう少し考えていれたなら、キャスターと目される相手が行う
その長い詠唱が、どれだけの意味を持っているかに気づけていただろう。
バゼットがもし落ち着いて周囲を見れていたなら、周囲のあらゆる物体が
蛍光緑色の粒子となって分解していくのに気づけていただろう。
注意深く周囲を見れていたなら――――その小さな蛍光緑色の粒子が
小さな数字やアルファベットやカタカナで構成されていることに、気づけていたかもしれない。
そう冷静でいなくとも、彼らを覆う闇が、いつからか光の届かぬ暗い黒ではなく
何一つ存在しない、虚無の黒に変わっていたことには気づけただろう。
だが、それは全て、遅すぎた。
元から存在した世界は、文言が一つ唱えられるごとに小さな粒子へと崩れ落ち、術者の望む形へと組みかえられる。
それは心象世界の現実への侵食ではなく、黒衣の彼が闘争の果てにたどり着いた、この、世界という情報をリロードする力の一端。
世界というデータソースを理解した唯一である彼のみが行える、ソースへの入力。
反応する暇なく消去されない限り、その世界の絶対となりうる方程式。
噴煙をかき分けて彼らへと近づいたバゼットが
泣き出しそうな白い少女の胸に抱かれる、血と泥と舞い上がった砂で見る影もなく汚れた、黒い男と目を合わせたとき
――――リターンキーが、押された。
■ interlude out
Trinity The
one
『――故に我こそ、三つ全てを愛するただ一つ――』
もはや一刻の猶予もない。私は噴煙の中へと、ボンドの制止を振り切って突入した。
フラガラックを空中待機させ、煙をかき分ける。
黄色く煙る砂埃が、蛍光緑色を伴って晴れつつあるのに気づいたとき、眼前に二人の姿を見止めた。
少女の白いドレスは、男の血と舞い上がる砂埃に汚れ、その美しさを失っている。
男はなおひどく、つけていたサングラスはとうに吹き飛び、黒いスーツは少女以上に血と泥で汚れている。
ただそれでも。
直接見る男の目は、強くこちらを見据えていた。
しかしその視線の交錯も、感じえぬほどの一瞬。
噴煙の向こう、彼らの姿を見れたのは、その最期の詠唱の言葉が紡がれると事実同時だったとすら言えるだろう。
宝具の発動に先んじて敵を討つ、このフラガラックの真名を呼び起こすという『動作』ではなく、その呼び起こそうという『意思』よりも
ただ単純にその宝具が発動するという事実が先んじ、その魔術は、行使された。
I love, I need, I miss this 『Matrix』
『――そう、私は全て愛そう、この虚ろな世界すらも――』
視界の全てが蛍光緑色の粒子に崩れ落ち、強い光に洗われるようにして開かれた視界は
今までいたはずの暗い公園とは全く別の場所だった。
降りしきる雨、天突く摩天楼、夜の闇に光る紫電の雷光。
落雷の轟音と天から地打つ雨音だけが響くそこは、高層ビル立ち並ぶ、一本の長い大通りの真中だった。
通りの遥か向こう、雷も雨もその体には及ばず、水滴一つかぶらず立っている白い少女が、不敵な笑みを浮かべている。
その隣、こちらは雨を一身に受け、しかしなお揺るがず、ボタンのないコートのような衣装を着た黒い男が、こちらを見つめている。
――決戦――
そんな前時代的な言葉が唐突に頭をよぎった。
ならばそう、この私の隣には、必ず――
「固有結界か。この場合、君のフラガラックはどういう扱いを受けるんだったかな、バゼット」
――相対する敵と同じく雨を一身に受け、それでも揺るがぬ自信を表す、心強い笑みを口元に残す――
「常時発動している切り札と対峙しているのと同じように、絶対先制迎撃ではなくなりますが
威力は落ちることなく、最強の一撃を放つことができますよ――ボンド」
――私のサーヴァントが、こうして立っている。
「それなら丁度いい。どうも単純戦闘では勝てそうにないからな」
視線を私の方から敵方へと向けたボンドに習って、私もそちらを向く。
男から放出されている魔力は、先ほどまでとは段違いであり――なるほど、キャスターと呼ばれるに相応しい。
この固有結界の効果が何なのかは伺い知れないが、少なくとも相手のペースに乗るわけには行かない。
ならば最も確実な方法は――
「これ以上は何もさせないまま、ご退場願おう」
ボンドが再び対戦車用ランチャーRPG-7をどこからともなく取り出した。
それを見た私も、待機させていた一つに加え、さらにもう一つフラガラックを取り出し、起動させる。
このまま、勝負を決めきる――!
フ ラ ガ ラ ッ ク
『――斬り抉る戦神の剣――』
一つを男に向けて放ち、間髪いれずに二撃目を少女へと撃つ。
ボンドも同様に、水平に三発、引き金を引いていた。
どれも致命的な破壊力を持った弾丸が、敵マスターとサーヴァントを襲い――
――こちらに向けた男の片手が創った見えない壁に阻まれるようにして、その全てが、悉く空中で完全に停止した。
これはさきほどまで弾丸を食い止めていた、少女の魔術ではない。
効果としては同じだが、規模が違いすぎる。
ボンドはひるまず、拳銃による射撃でロケットの弾頭を狙うが、爆発する様子はない。
ロケットへの着弾を阻まれているのではない。ロケットが爆発する、という現象がそこで停止させられている……!
「――馬鹿な」
男が手を払うと、空中に停止していた弾丸の全てが――フラガラックまでも――力を失ったように、地面へと落ちた。
これが、これがこの宝具の効果なのか。
こちらの全力の攻撃を、あまりに理不尽に防がれてしまった。このままでは――
こちらが具体的な策を練る前に、黒衣の男がこちらへと地面を蹴り、飛ぶように
否、空を飛んで――こちらへと仕掛けてきた。
1・三度肉弾戦を挑む
2・至近距離で最後のフラガラックを打ち込む
3・重火器での抵抗を行う