■interlude
「マーティ!大っ変なことになってしまった!」
いつものようにドクに呼ばれてラボに行くと、会うなりドクはそう叫んできた。
「なんだよいきなり……どうしたのドク」
僕がそう言うと、ドクはラボにおいてある黒板に、難解な記号や単語の混ざった式のようなものを書き始めた。
「わざわざ心配させることもないと思って、今まで君には話さないでいたんだが……
我々が未来や過去、それを観測した後の現在でしてしまった、そもそもの運命の外にある全ての些細な行動が
バタフライ効果のように大きく未来を変動してしまっていたんじゃ。
我々の宇宙では決定的なものしか反映されなかったが、それによって起こりうる無数の未来の観測による
平行宇宙の創造が霊長の堪忍袋の緒を――もとい、許容範囲を飛び出してしまったんじゃ、マーティ!
今でこそまだ大丈夫だが、このままでは母なる星に見つかるのも時間の問題……
ひとまずは、無数に存在する――わたし達がそれを更に爆発的に増やしてしまったが――平行宇宙の内、とびっきり運の悪い
わたし達の誰かが、抑止の守護者の一人としてコキ使われることで、なんとかごまかしてくれることになったが……」
半ば以上、ブツブツと呟くように喋り続けるドクに僕は少し呆れざるを得なかった。
少し難しい話をしだすと、いつもこのように自分の世界に入っていくのだ。この年配の親友は。
「落ち着いてよドク、全然意味分かんないよ。何なのそれ「霊長」とか「母なる星」だとか「抑止の守護者」だとかって。
ひょっとして、変な宗教にハマっちゃったの?」
そうやって茶化す僕を、ドクはオーバーリアクションで脅した。
「マーーティ!マーティマーティマーティマーティマーーティ!まだ分からないのか!」
「ヘヴィだ……全然分かんないよ」
長台詞を喋る間、落ち着きのないネズミのように同じ辺りを歩き続けていた足を止めて
ドクは黒板に書いてあった図のような式を消し、二人組みの子供の絵を描いて説明を始めた。
「――よし、分かりやすく説明しよう。
ここに泥んこ遊びという画期的な遊びを発明した、二人組みの子供がいる。
この泥んこ遊びがタイムマシンであるデロリアン。二人組みの子供が我々だ。
デロリアンを泥んこ遊びなんぞに例えるのは心苦しいことこの上ないが、いたし方あるまい」
「まぁなんとなく分かる。それで?」
「それでだ。我々は少々泥んこ遊びに長く興じすぎた。
その結果習い事に行くのを忘れた上、買ってもらったばかりの服はドロンドロンのベッチョベチョだ。
もしこれがママにバレたら、我々はただじゃすまない。
まず間違いなく口減らしにあうか、良くて泥んこ遊びは我々の手から永久にとりあげられる。
それは、この偉大な発明が、いつの日かそれを正しく使うことのできる人々の手に渡ることまで否定することになる。
我々の一時の都合のためにだ。それだけは何としてでも避けなければならん。
だが幸いパパは我々に多少理解がある。泥んこの我々を見て、今日のレッスンに断りの電話を入れて
今夜招かれているディナーのために、髪の毛のカールの手入れに御執心なママの目を盗んで、部屋にも入れてくれた」
「なら良かったじゃない」
「マーティ!問題はそこからだ。泥んこになった服の始末が残っている。
これはもちろん子供である我々の手では洗いきれない。泥は広範囲すぎるし、何より、ちょっとやそっとではぬぐいきれん。
そこで最初の話に戻ってくる。この星を母とするなら、我らが父と例えられる霊長の集合意識は
無数に存在する平行宇宙のわたし達の内、とびきり運の悪い誰かを
父としての仕事の手伝いをさせることを交換条件に、その後始末を引き受けた。
その手伝い仕事がカウンターガーディアン。すなわち抑止の守護者じゃ。」
「……分かるようで分からないけれど。さっきから『最も』『運が悪い』の近くに出てくる
『誰か』って単語がそろそろ『君』に変わるだろうってことは、僕にもよく分かってきたよ」
「流石マーティ!まぁ今回の仕事は幸い守護者そのものの仕事ではない。
抑止の守護者のうちから、レンタルされて使われるだけだ。確か『サーヴァント』とか言ったかな」
「『奴隷』だって!冗談じゃない、本気で言ってるのドク?」
『サーヴァント』という言葉の響きに驚く僕をよそに、ドクはデロリアンに近寄り
かかっていたカバーを取り去って自慢げに胸をそらせた。
「本気も本気。超本気だ。さぁマーティ、この新たに改造を加えたデロリアンに乗って平行世界の一つに飛ぶんじゃ。
それが今度の冒険の舞台であり、抑止の守護者としての仕事の一環になる。
加えて今回はデロリアンに精密な座標変更機能をつけておいた。これは使用法によっては、瞬間移動も可能にするスグレモノじゃ」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……しかもやたらデロリアンがバージョンアップしてない?」
「なに、パパにお近づきの印に、ほんの少しだけ軽く後押ししてもらってな。ホバーボードも同様だ。
アインシュタインがあれだけぶっ飛んだ脳みそを持ってるワケが分かったわい。おっとお前の方じゃないぞ、アインシュタイン」
そう言うとドクは愛犬のアインシュタインに、好物の缶詰のドッグフードをやりだした。
「話は分かったけど……ドクが行けばいいじゃないか」
餌を食べる犬のアインシュタインの頭をなでながら、ドクが続ける。
「そうもいかん。今回は君が霊長の抑止力に指名されてしまった。無論、無限に連なりゆく平行世界の一つでは
わたしが守護者となるときもあっただろうし、また二人同時に行くことだってあっただろう。しかし今回は君一人だ。
二人でデロリアンに乗り続けてきたとは言え、元はと言えばわたしが発明してしまったものだ。
心苦しく思うが、こればかりはどうすることもできない」
「断ればいいじゃないか。サボっちゃおうよ」
そう言うとドクはこちらに向き直り、馬鹿に真面目な顔でこちらを見つめながら言った。
「マーティ……君はデロリアンに乗り、そうして現在の人類が知りえない神秘を体験してきた。
それはまさしく――あまり言いたくはないが――魔法、と言って良いものだ。
また、我々は少なからず我々の幸せの為にそれを利用している。
金儲けなどの卑賤な理由に使用してこそいないが、それでも巻き起こされた余波についての責任はきっちり取らなければいけない。
遊んだのなら、後片付けも必要になってくるのは道理だ。違うかね?」
「あー……はいはい、分かったよ。オーケー。
でもさ、ドクが『魔法』なんて言葉使うなんて珍しいね。普段なら『そんな非科学的な』とか言いそうなもんなのに」
僕がそう返すと、ドクは面白くなさそうに返す。
「……まぁわたしもあまり認めたくはないんだが……
少なくとも君は、近いうちにそれを目の当たりにすることになるはずじゃ」
「……ふーん……まぁあまりその辺は聞かないでおくよ。なんだか怖そうだ。
それで、その仕事場にはやっぱりデロリアンで行くの?」
「そう。その通り。今回デロリアンについた新システムは二つ。一つは座標変更機能であり、二つ目は別世界移動機能じゃ。
要するに今まで時間軸のみを自由に行き来できたデロリアンに、座標軸と異世界軸の行き来を可能にしたということになるな。
とは言っても自分が望んだような世界そのものに直接行くことはできんし、また大幅な時間移動を含むこの機能は、全部で四回しか使えない。
往復で二回使うことを考えれば、任務の途中に使えるのは二回になる。往復を考えると、実質一回じゃな」
「なんで一回こっきりなの?またエネルギーが足りないとか?」
「いやいや、エネルギーはゴミを再利用するシステムのままだし、同じように君自身もマスターの……魔力、なしに行動できる。
おっと、これについてはデロリアンであっちに行くときに、自動的に根源から教えてもらえることだったな。
ともかく、三回しか平行世界への移動を行えん理由は、別にある。
というのも、もともと平行世界の大量創造が問題で罰を受けているのに、その途中でまた引っ掻き回しては意味がなくなる。
なので単純に、それ以上は使えないようにパパの方からロックされておるんじゃ。
同様の理由でデロリアンによる時間移動も、別世界移動を含む四回を除いて、一回につき前後一分移動するのみに限られておる。
こちらの理由は、デロリアンが加速に要する時間や、その後の時間移動そのものにかかる時間から逆算した結果
未来や過去のデロリアンと会わずに、ニアミスで済ませることのできる時間が、ジャスト一分であるから、じゃな」
ドクの言っていることは理路整然とはしていても、僕には正直少し分かりにくい。
「うーん……要するに?」
「大幅な時間移動と別世界移動は合わせて四回のみ。その他の時間移動も前後一分に限られるということじゃ。
その代わり、ホバーボードの方は、機動力・反重力共に大幅なパワーアップを実現させてある」
「それで、他には?」
「いや……特にはない、な。向こうの細かい事情かなんかは、向こうに飛ぶときに頭の中に入ってくるはずじゃ」
「よし、分かった。じゃー早速行ってくるよ。ちゃちゃっと片付けて……」
「マーティ」
そう言ってドクは――今までで、一番真面目な顔で僕の方を見た。
「君をこんな目に巻き込んで、本当に悪かったと思っている……無事を。幸運を祈るよ」
「やめてよドク。そんな真面目な顔でドクに祈りなんか捧げられたら逆に気味悪いよ」
「……そうか。そうじゃな。きっと……いや、絶対大丈夫じゃ。また会おう」
「うん……じゃ、行ってくるよ」
僕はデロリアンのガルウイングを上げ、中に乗り込む。
速度計と共に並ぶ計器の中には、いつものように赤い液晶文字でMONTH
DAY YEARと書いてあり――
そこには今までなかったもう一つ「WORLD」という項目が増えていて――WORLDの下に『Fate』と映っているのが見えた。
「『運命』……か……」
そう一人ごちて、デロリアンを徐行させてラボを出る。
バックミラー越しに、手をふるドクと、尾をふるアインシュタインに、指を二本ピシッと立てて振って、返礼する。
スイッチを入れると、デロリアンが浮遊した。
ほんの少しの不安と、幾度もの時間旅行を経た相棒への信頼が。そして何より、待ち受ける冒険への期待感が心を満たす。
アクセルを踏むと、ぐんぐん速度が上がっていく。
やがてその数字が88マイルを超えたとき。
――――赤い炎の線を空中に描き、僕は時空を越えた。
■interlude out
『未知との遭遇』