トンテンテントントンカンカンカンカンカン……


トンカントンカントンテンテンテンテンカンカン……


カンカンテントントンカンカンテンカントントンカン……


「ああああああああああああああっっっ!なんで僕がこんなことしなくちゃならないんだよっ!」

そう叫んで、ボクは持っていたトンカチを絨毯の床に投げつけた。
作業のせいで真冬というのに汗ばむ額をぬぐって、自慢のウェービーな髪をかきあげる。

「それもライダー!お前がちゃんと召喚されないからじゃないか、この役立たず!」

同じようにツナギを着て壁の補修をしていたライダーが、ボクの方に向き直った。

「……悪かったよ……でもそんなに言わなくてもいいじゃないか。
 こっちだってタイムトラベルした瞬間、自由落下するデロリアンの前に地面が現れて
 とっさに浮遊させて横方向にハンドルを切るのが精一杯だったんだ」

「だからって何もボクの部屋の方にハンドルを切ることはないだろ!
 仮にもサーヴァントならもっと何か方法が……」

そう言って、自分が間抜けにも鼻をたらしていることに気づいた。寒い。寒すぎる。
星空が見える部屋はステキだが、寒空が見える部屋はゾッとしない。
前者は女の子がよろこんでやってくるだろうが、後者は女の子を呼んでも何もできないまま帰られるだろう。
今のボクの部屋は、後者だ。この馬鹿サーヴァントが召喚されると共に
中庭とボクの部屋の間に、車一台分の縦にドデかい風穴をブチ開けたせいで。

「あの……兄さん、マーティさん、コーヒーが入りました」

ノックもおざなりに、桜がコーヒーの二つ乗った盆を持って部屋に入ってきた。

「お、ありがとうサクラちゃん。この部屋、寒くてさ〜助かったよ」

そう言ってライダーがコーヒーを桜から受け取った。

「誰が穴を開けたと思ってるんだよ!それと桜!
 ライダーの真名を軽々しく口にするなって何度も言ってるだろ、マキリの魔術師としての自覚がないのか!?」

「まぁまぁそう怒るなよ慎二。
 それに僕のマスターは本当はサクラちゃんで、僕がそのサクラちゃんに名前で呼ぶように頼んだんだからいいじゃない」

そう言ってライダーはコーヒーを美味そうに啜って、桜の方に親指を立てた。
桜は桜で、それに嬉しそうに親指を立て返してみたりしていた。

「なんでそんなお気楽なんだよ!戦争だぞ?聖杯戦争なんだぞ!?
 そりゃあお前みたいな無名なサーヴァントだったら真名を知られても対して問題が……」

また風が吹いた。また鼻がたれた。少し泣きたくなった。


……実は、こんなテンションもここ最近は珍しくなかったりする。
あれは、雪がちらつく四日前の寒い晩のことだった。
お爺様が桜を連れて蟲蔵に行ったので、ボクはいつものように暇だった。
それは聖杯戦争が近づいた夜のことだったので、ひょっとしたらサーヴァントの召喚かな、と思いもしたが
(お爺様はそういったことを何一つ教えてはくれなかったが、ボクは血の滲むような独学で掴んでいた)ボクはついて行かなかった。

小さい頃、あの趣味の悪いチンコ蟲
(こんなコトはお爺様の前では勿論、魔術師としての自分の意識の表層にも出せはしないが、あれは実際問題、問答無用でキモチワルイ)
に陵辱される桜を見て以来、呼ばれたとき以外は二人がいる蟲蔵にはできるだけ近づかないようにしていた。
桜が陵辱されるのを見るのがイヤだったのではない。自分ではなく、桜が主役なのが気に入らなかったのだ。

いつものことなのに、毎回まるで処女のように泣き叫ぶ桜の声を聞くのも
その後段々と変わっていく嬌声を聞くのもまっぴら御免だったので
ボクはヘッドフォンをつけて、パソコンでゲームをし始めた。
段々と盛り上がってきたので、当然のようにティッシュを用意してズボンを下ろした。
地下で自分の妹が泣き叫んでいるかもしれないのにコイツは……と、思うヤツは一度間桐慎二に生まれかわってみたらいい。
人は何にだって慣れてしまうものなのだ。
キモチワルイと思ってはいても、吐き気を噛み殺して、ボクは蟲の腐臭の中で晩飯を取れる。慣れというのはそういうものだ。

だが、その後に起こった出来事は、ボクが慣れていない類の衝撃だった。
オナニーをするときの男は、例外なくCIAのエージェントより注意深くなる。
ボクはぬかりなく部屋の鍵を閉め、声の音量を男女キャラ別に細かく調節し、ヘッドフォンから音漏れがないか確認し
カーテンを閉め、ティッシュの残量を確認し、果たしてズボンを下ろして真摯に、そして紳士に画面に向き直った。

その直後、轟音と共に未来チックな自動車が、中庭に面する壁をブチ破って、縦向きにボクの部屋に突っ込んできた。

ボクはきっかり三秒動きを停止し、その後椅子から跳ね上がり、五歩ほどピヨピヨ歩きをしたところで
まずズボンをあげるべきだということに気づいた。

自動車はあろうことか、縦になったままバックすると空中に浮遊し、中庭に軟着陸した。
すると白い煙と共に開いたその車のガルウイングから、パイロットのようなゴーグルをした一人の男が抜け出してきた。
ゴーグルを外すその男は、袖がないオレンジ色のジャケットに、色あせたジーンズを履きこなしている――むしろ、青年か。
縦に開いた穴からそれを見ているボクに、その青年は照れくさそうに手を振ってきた。思わず振り返す。

廊下からドタバタと音がして、お爺様と桜が鍵のかかったドアを魔術でブチ壊してボクの部屋に駆け込んできた。
同じように、車から出てきた男が縦穴からボクの部屋に入ってきた。

「……お主が……サーヴァント……かの?」

お爺様が最初にそう声を発し、車から出てきた青年に問いかける。

「ええっと……多分、そうなります。どちらがマスター……さん、で……」

そう言って踏み出した青年が、何かのコードを踏んづけた。
そのコードはヘッドフォンのもので、つまりヘッドフォンの端子が引っ張られてPCから抜けたわけで
それで漏れた音というか、声というかが漏れたわけで、それで出てきた青年が言葉を止めたわけで……

三者三様にパソコンの方を向いた。ボクは遠い目をして部屋の隅を見つめた。

それから丸二日、桜とライダーはおろか、お爺様までボクのことを「お兄ちゃん」と呼んでくれた。


こんな風な事件があり、ボクはそれからの四日間を、仕方なく今日まで客間で寝起きをした。
その間に偽臣の書によってボクにライダーの命令権が移ったのだが、それよりも重要なことがいくつかあった。

まず、ライダーはビックリするほどサーヴァントとして役立たずだった。
ボクの部屋に風穴を開けた宝具の使用と、玩具のような宙に浮く板を使って、ライダー補正で幾分か素早く動く以外は
普通の人間とさほど変わらず、それどころか術者からの魔力供給に全く頼っていなかった。
ようするに、宝具付きのちょっと素早い只の人間だったのだ。まぁその宝具は、ある意味規格外と呼べるものなのだが。
なので偽臣の書もたいした効力はなく、あくまで契約書のような形だけのものだった。

無論、お爺様はそれを良しとはしなかった。
かくなる上は、と自分でサーヴァントをもう一体召喚し、かなり強力なのを引き当てた。
ソイツを連れて――ボクはソイツを見ていない――毎夜敵マスターを探して、夜の町を彷徨い歩いている。
近頃巷間で騒がれているチェーンソー連続殺人鬼とは別らしいが、一度だけ昼に顔を合わせたお爺様の言からすると
どうやらあれもサーヴァントらしい。
何度か接触したが、お爺様のサーヴァントであるアーチャーとは相性が悪く、ひとまずは放っておくようだ。
とはいえ一昨日の夜、二組の敵マスターを脱落させ、うち一人を生け捕りにしたというのだから、やはりそこはお爺様という他ない。
蟲蔵一つとっても血族ながら外法と言わざるを得ないが、あれは優秀な魔術師だ。それも、この上なく。

というわけで、夜もすがら敵を探し歩き、吸血鬼のように昼に伏せるお爺様はボク達とめったに顔を合わせなくなった。
それだけでなく、役立たずのサーヴァントを呼び出した桜に愛想をつかせていて
桜に仕掛けていた何がしかの蟲も、昨日のうちに、魔力を奪う少量の刻印蟲を除いて、全て取り払ってしまったらしい。
蟲を取り除いた理由はそれだけでなく、どうやら一昨日生け捕りにしたマスターによって、桜の必要性が無くなったとかなんとかで
「こうなったからにはもはや保険は不要。お主に命を預けるより、我がサーヴァントと共に在った方がより確実よ」
とは桜からまた聞いたお爺様の言だが、そのせいか桜は今日パワフルだ。

桜は朝からホームセンターで買ってきた木材と日曜大工品を渡して
ボクとライダーに部屋の(聖杯戦争が終わって、業者が呼べるようになるまでの)ひとまずの補修をするよう促した。
面倒くさいと言うと、無言で客間の寝具を片付けられた。
そしてニコッと「頑張ってね、お兄ちゃん♪」と言った。
本気で犯してやろうかと思ったが、ほんの少しづつ本来の魔力が戻りつつあるらしく
微かとはいえ、確かな魔力(なんとなく感じられる)に後押しされる、えもいわれぬ圧力と
ちょっとした感傷に、ボクはとりあえず引き下がった。

ボクは桜が嫌いだ。憎んですらいる。
目の前に『桜殺してその分の魔術回路がもらえますよボタン』があったら迷わず押す。
ボクはボクの存在価値を、相対的だろうと絶対的だろうと少しでも薄めるものの存在を、全くよしとするつもりはない。
でもまぁ、そのときの開放されたかのような桜の笑顔は、その笑顔を汚し、犯すことに『慣れた』ボクからしても
もう少し長く続かせてやってもいいんじゃないかな、と思えるものだった。それだけだ。


「……だからってこんな作業黙々とやれるわけないだろっ!このボクが!」

コーヒーを啜る桜とライダーの横で、ボクは立ち上がってそう叫んだ。
ってあれ桜、コーヒー二つだったよね?それボクの?

「くそっくそくそくそくそくそくそっ!もう決めたぞ、こうなったら――」




1・衛宮だ!あのブラウニーなら、この日曜大工を手早く完璧に終わらせるに違いない。

2・散歩に行こう!……一人で。

3・自分の分のコーヒー淹れてきます。

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