■interlude

私のおじいさんがくれた初めてのサーヴァント。

それはライダーで、本当は桜のものでした。

その実力はどう考えても最弱で

こんな特別なサーヴァントを与えられるのは

特別な僕にはありえないと感じました。

今では衛宮が特別なマスター。

後ろにいるサーヴァントの、赤く濁る目に光るのはもちろん殺意。

           ――ブゥン――

何故なら彼はどうみてもセイバーだからです。本当にありがとうございました。

■interlude out



「いいか衛宮、ちょっと頼みがあるからウチに来てくれよ」

慎二からそんな電話がかかってきたのは、セイバーとの午前の剣の稽古をちょうど終えた、昼のことだった。

セイバーを召喚し、冬木の教会に行ったのが一昨日の夕暮れのことだ。
昨日一日は、ほとんどセイバーとの話し合いでつぶれてしまった。
セイバーの真名とその戦闘スタイルを含めた上での、戦闘時の打ち合わせなど、話すことは多かったが
何より一番の焦点となったのは、俺の目的についてだった。

『全ての人を守る、正義の味方になる』

その目的――と言うより、夢というべきか?――を最初に口にしたとき、セイバーは今にも俺を斬り殺しそうな目で睨んできた。
まるで、そのような存在を一切許しはしない、とでも言うように。
だが、何故そのような夢を抱くにいたったか、という局面に話が及ぶと、セイバーは神妙な顔つきになり
やがて蔑むような哀れむような――嘲るような、そんな態度をとるようになった。

俺としては勿論、自分自身の全てと言ってもいいその夢にそんな反応をされるのは面白くなく、セイバーに食って掛かり
ならばお前はどのような人生を歩み、どのような夢を抱いたのか、と問い返した。
しかしそうするとセイバーは

「それを聞いてしまえば、お前は僕との契約を破棄しようとするだろう。今すぐそうなるわけにはいかない。
 どの道、サーヴァントの過去はマスターの夢見に現れる。事実そのものを見て、そしてマスター、お前が決めればいい」

と言って、頑として話そうとはしなかった。

初めてセイバーと出会った夜、教会から帰ってきた夜は、夢を見ることはなかった。
昨日の夜はセイバーとの初稽古や作戦会議をして、サーヴァントとマスターとしてのつながりが強くなったせいか、その夢を見た。

――――それは、長い夢。遠い昔、遥か彼方の銀河系を、駆け抜け、戦い続けた一人の男の生涯。その序幕だった。

奴隷として生を受けた少年は、しかし心優しき母の愛を一身に受けたくましく育つ。
やがてその天賦の才を認める師と出会い、自分を誰よりも強く愛した母の下を離れ、騎士として己が身を磨くことを選ぶ。
だが導き手であるはずの緑の騎士は紅い凶刃に倒れ、少年はその凶刃を打ち負かした蒼い騎士の下で修行をつむこととなる。
少年はその蒼い騎士を、見たことのない父と重ね、かけがえのない友とし、この上ない師と敬い、自らも蒼とする。
少年が選んだ、その蒼い星の輝きが――

――太陽の光と重なって、俺は目を覚ました。
セイバーとの話し合いの結果、急を要することがないのなら、打って出ることはせずともよいという結論にいたった。
俺としてはニュースにまで取り上げられるほどの騒ぎとなっている、連続殺人鬼と化したバーサーカーを追いたかったが
それよりも

「お前がその志をどうしても貫きたいと言うのなら、従ってもいい。
 ただそれなら、せめて必要最低限の戦闘における足手纏いになってくれるな。
 自分で満足に戦うこともできないのに、人任せでバーサーカーを追うのが、お前の正義か」

というセイバーの言葉のが俺に突き刺さり――重く、のしかかった。
冬木の管理者である遠坂も、バーサーカーを追っていると話していたこともあり、まず俺に必要なのは自身の鍛錬であるようだった。
そのためにと、セイバーに稽古をしてもらっていたそのとき、慎二から電話がかかってきた。

「……一体どういう風の吹き回しなんだ?慎二が俺を家に呼ぶなんて、久しぶりじゃないか」

「あ、ああ……ホラ、桜が普段世話になってるじゃんか。
 ここ二、三日はそっちに行かせてないけど、お前が来たら桜も喜びそうだし茶ぐらい出させるからさ」

電話の向こうに、慎二のあのなんともいえない笑顔が見えるようだ。
長い付き合いの経験上、こういうときは十中八九何かしらの面倒ごとを頼まれると相場が決まっている。
だが、桜とここ数日会っていないのも確かだ。
藤ねえには、昨日のうちにセイバーを親父の旧知の外国人として引き合わせ、学校を数日休むことを許可させたが
桜とは、桜本人から数日前に電話で、しばらくは俺の家に来れない、との連絡を受けてから、そのままだ。
そのときはそれほど気にとめず、むしろこうなった今としては好都合とすら言えたが、改めて考えると気に――――

「なんだよ衛宮。ボクがせっかく誘ってやってるのに、来るのイヤなのか?
 それともボクの誘い以上に優先すべき約束があるとでも?」

少し考えていると、慎二の声がすぐさま苛立たしげに変わった。
自分から誘っておいて、こちらが返事をしぶるとすぐにへそを曲げるのだ。
ああ――――そうだ、慎二は、俺の友人は、こういうヤツだった。

「……なんだよくすくす笑うなよ。気持ち悪いな」

思わず漏れた笑みを受話器が敏感に拾ったらしく、慎二がますます嫌がる。
しかしその声の端には、俺と同じように、冷えていたお互いの旧交が温まりつつあるのを感じている節があった。

「分かった。行くよ――――歩けば大体45分くらいだから、一時頃につくと思う。
 昼飯は、食わないでいった方がいいか?」

「そうだな、桜に何か作らせるよ」

「ああ、そうだ――今俺の家にお客さんが来てるから、その人も連れて行きたいんだけど、いいか?」

「全くあつかましいヤツだな……そうなると、昼飯は五人前だな」

「悪い。でもそうなると食材があるかどうか微妙だな……ってなんで五人なのさ?」

「ああ、ウチにも一人客が来ててね。そう問題はないと思うよ」

「そうか……じゃあ食材を揃えて下拵えをしといてくれたら、料理は手伝う」

「そういえば桜に料理教えたのは、衛宮だったな。本当に料理できるのか?」

「任せとけ。じゃあ一時頃に」

「分かった、じゃあね」

ガチャッ、ツーツーツー。

うん、男同時の電話というのは無駄がなく、簡潔で非常に良い。
なんだか肝心な情報を交わし損ねて、いらぬフラグを立てたような気もするが……





「桜、今から衛宮が来るから昼食を作れ。そうだな、シチューなんかいいな。五人前でいいぞ」

ボクがそう言うと、桜は顔色を変えて抗議した。

「にっ、兄さん!なんでこの時期に先輩を家に呼ぶんですか!?
 もし先輩が巻き込まれでもしたら――――」

「ウルサイな」

ボクはそう言うと、本気で桜を睨んだ。

「ボクがそうしろって言ったら、そうするんだ。
 いいか、さっきまでは多めに見てやってたけど、調子にのるなよ!大体お前なんかがこの家に――」

「慎二」

そこまで言ったところで、ライダーがぽつりとボクの名を呼んだ。
その体は桜をかばうようにボクと桜の間に割って入り、その目はボクを強く睨んでいる。
しかし、そのライダーの肩に手をかけて桜はあきらめの混じる声で言った。

「分かりました。シチューですね?食材がありませんから、商店街に買いに行ってきます。
 一時間ほどで済むと思いますけど、もしその間に先輩がきたら、待ってもらってて下さい」

「はっ、初めっからそうしてればいいんだよ!いちいち口答えするな!」

「はい……すいません、兄さん」

桜はそう言うと、さっと立って部屋を出ていった。
ライダーがボクの横をすり抜けて、桜についていく。

二人が出て行ってからも、ボクは隙間風が入るボクの部屋の真ん中に、一人でつったって――――

「糞ッ」

黒く薄い水溜りの出来た、二つのカップを見つめて、悪態をついた。





しかし、悪態をつけるだけまだマシだったのかもしれないと、今は思う。
衛宮が連れて来た客と言うのは、恐ろしく目つきの悪い男で、しかもその目は濁った血のような色をしていた。
それだけでさえ、関わりあいたくないタイプの人種であるというのに、その男が邸宅に玄関から入るなり
パチンッとはじけるような音が家中に響き――蟲が、いたるところから現れ始めた。
戸惑うボク、目を見開く衛宮、好戦的な笑みを浮かべるその男の、三人が立つ玄関に――
アーチャーを伴ったお爺様が、現れたのだから。





「ほう……衛宮の子倅がマスターとは、な。
 このマキリの館へと攻め込むとは、よほどの自信があるようじゃな……そこの慎二は、人質のつもりかの?」

小柄な老人が――否、老魔術師が、こちらへと眼光を光らせる。
それだけで俺は、足場が柔らかくなるような感覚を覚えた。

しかし、後ろにいる男の威圧感はそれ以上だ。
黒い皮ジャケットを着込んだその男は、セイバー以上の背丈と筋肉質な体格で、こちらを睨んでいる。
しかしその目は、なにやら生物的なものを一切感じさせない。
それは人間離れした――英霊だからこその眼ではない――――無機質。そう、機械のような眼なのだ。

「違う。俺は慎二から呼ばれたから来ただけだ。戦うつもりなんて、ない」

声をふりしぼるようにしてそう言った。
すると臓硯の眼光は次に慎二を射抜いた。

「……そうなのかの」

「そ、そう……だっ……だけど、衛宮が、ま、まさかマスターだったなんて……」

慎二の声はひきつるように震えている。
突然のこの事態に対する驚き、それ以上に、この場にいる異形――セイバー、皮ジャケットの男、臓硯
その三人全員に睨まれているとなれば、当然だろう。

「そういうことだ。俺も慎二の家にサーヴァントがいるとは思わなかったし
 戦うつもりで来たわけじゃなければ、これから戦うつもりもない。セイバー、剣をしまえ」

その声に応えてセイバーはひとまず光刃を消したが、視線はそのまま戦況全体を見渡すように抜かりなく動き
その手もまた、いつでも光刃を出して戦闘態勢に入れるようになっている。

「呵々……そうは言っても、臨戦態勢といったところじゃがの……
 ここはマキリの地。このまま戦ってもよいが……それ、そこの出来損ないでも、一応可愛い孫なのでな」

ヒッ、としゃくりあげて彼我の間に立つ慎二が動こうとする――それを

「動くな」

セイバーが止めた。
ただその一言の中に「動けば斬る」という確実な殺意が聞き取れる声色だった。

「セイバー!もし慎二に手を……」

「忘れたか。これは戦争だ。死にたくないのなら、甘さを捨てろ。心を鉄にしろ。
 どの道、そこの小僧を斬れば、その瞬間お前は無数の蟲とあのサーヴァントに襲われる」

「呵呵呵呵……マスターは半人前でも、そこは最優のサーヴァントと言ったところじゃな。
 さて、どうしたものか……」

状況が膠着した。誰も、何一つ言葉を発さず、身じろぎもしない。
聞こえるのはこの場にいる二人の人間――俺と、慎二の二人の息だけだった。
慎二の息はチアノーゼを起こしているのではないかと思うほど荒いが
俺はといえば、自分の心臓の音が痛くなるほど高鳴るのを感じている。
それが数瞬だったのか、あるいは数秒、数分、果ては数刻にも感じられたが――
沈黙を破ったのは、思い切り良く開かれた玄関のドアだった。

誰も。何も言わない。
変化は、変化自身も何も言わず――ただ、俺の前に両手を広げて、守るように立っていた。

「……桜……っ」

「先輩は……」

桜は俺に背を向けたまま、俺が今までに聞いた幾つもの桜の言葉の中で、最もはっきりと、強く、言った。

「先輩は――殺させません」





ドアを開けて駆け入ってきたのは、桜だった。

そのあまりの空気の読めない行動に、ボクは桜を殴り倒したくなる。
しかし、声を出そうとしても漏れるのはひぃっと言う音だけで何も言えず
まして足を、体全体を動かすことは全くできない。自分の周りだけ、空気ではない粘度の高い気体が集まっているようだった。

情けない。情けない情けない情けない情けない情けない情けない情けない……っっ!

違う。こんなのは、こんな情けない男は間桐慎二じゃない。

ボクなら、本当のボクなら、もっと、もっと――――

「なぁ、慎二」

桜と共に玄関に入ってきていたライダーがそう言った。
その声は、緊迫したこの空気の中でひときわ落ち着いていて――――
いや、落ち着いているというより、この空気をどこか馬鹿らしいと思っているような、そんな言い方だった。

「この状況、どうにかするとしたら、まず、キミなんじゃない?」

その言葉で、自分のどこかから少しだけ活力がやってくる。
そう――ボクは、間桐慎二は、いつだって自信に溢れ、誰よりも――

「ウルサイな」

もう少し。ボクは「大人しくしてようぜ」という体全体に働きかけて、無理矢理それを動かす。

「そんなこと――そんなこと、お前なんかに言われなくたって分かってるんだよ。
 ちょっと考えてただけさ――――もう、決めてある」

ボクは――――



1・マキリに殉じる。

2・衛宮に寝返る。

3・マキリと衛宮の共闘を申し出る。

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