「ボクは――――」

その言葉に、場の全員に緊張が走った。
これから発されるボクの言葉で、この膠着状況の先行きが決まるのだ。
そう思うと、場違いな感情とは分かっていても、なにやら気分がいい。
ボクは両手を上げて、お爺様から――――マキリに背を向けて、衛宮の方へとゆっくり歩いていった。

「ボクは、投降する。煮るなり焼くなり好きにすれば?」

思わず笑みがこぼれる。これでいい。これが最も冴えたやり方だ。
マキリにつこうと思えば、まず間違いなくセイバーに斬り殺される。
かと言ってマキリと衛宮の共闘を申し出たところで、お爺様にはそれを受けるメリットが薄い。
ボクが生き残るには、これしかない。むしろ、この方法が一番いい――――
何故なら、一度仲間についてしまえば――衛宮に、ボクは殺せない。

マキリと衛宮、その中ほどまで歩くとセイバーが僕の肩へと手をかけた。そのまま力任せに衛宮の方へとボクを押し飛ばす。
それを、お爺様とそのサーヴァントは何も言わず見つめていた。

「に――兄さんっ?」

セイバーに押しやられるようにしてよろけたボクへ、桜がかけよってくる。
それもそうだろう。状況とボクの立場を考慮に入れず、ボクの行動だけを客観的に見たならば
これはボクがする行動とは考えにくい――もっとも、よく考えれば
ボクがこうする理由も見えてくるのだろうが、あわてる桜にはそれが見えない。
だが駆け寄ろうとした桜本人が――その場に、崩れ落ちた。

「愚かな……愚かな孫よ。二人ともな。
 蟲を移そうとしたときは、半ば情に流されているのではないか、と自分を疑いもしたが……
 こうして見れば、好判断といったところだったの。
 どれ、これで最後よ。残っている全ての刻印蟲で、魔力を頂いておこうかのう……」

「臓硯ッ!」

衛宮が歯を食いしばるような形相で、お爺様を睨んでいる。
セイバーは衛宮のその怒りに呼応するように、紅い光刃を現出させた。

「その大部分をワシに移しておいた故、命までは脅かせんが……魔術師としては再起不能だろうて。
 ライダーに影響がないのが残念じゃが……」

ちらりと一瞥されたライダーがお爺様を睨み返す。
しかし、その身に戦闘能力はなきに等しい。
中庭に置かれたデロリアンも、オートパイロットで来れるのは玄関前までだろう。
この邸内での攻防には助勢できない。

桜が数十年に渡り蓄え続けた魔力を吸収したお爺様の、その強大な魔力を糧とする蟲達が館の暗がりから無数に湧き出した。
同様にアーチャーが、杖を持つお爺様の前に立ち――その両手に、銃器を取り出す。

「桜、慎二――――逃げるぞ!」

衛宮が戦闘開始となるその叫びを上げた。
同時にセイバーがその身にたぎる――これは魔力だろうか――
得体の知れぬエネルギーを体全体、主に手先から放出して、紫の電光を空間全体に放った。
タイミングからして、レイラインによる連絡で合図をしたというところだろう。
ボク、桜、桜をかつぐライダー、衛宮の四人が館の外へと逃げ出すルートを除いて、その紫電は嵐のように荒れ狂った。
蟲がピギィッとでもいうような断末魔を上げ、腐臭の混じる肉のこげる匂いが鼻腔をつく。

ボクら四人はそれら全てに背を向けて、一目散に館から走り抜けた。
背後から銃声が聞こえる。おそらくアーチャーが発砲したのだろう。
庭先へとかけぬけたところで、四人共に倒れこみ、ようやく館へと向きなおる。
見慣れたはずの我が家は、いまや敵地の居城そのものとなり――
いつも以上に、その、黒い雲をまとっているかのような不気味さを増していた。





皮ジャケットの男が、その両腕をまっすぐ伸ばすようにして、持っているショットガンをこちらに向け、撃った。
飛び道具からして、アーチャーだろうか――そのようなおおまかな判断が、通用するとは限らないが。
眼前ではじけるようにして散らばる弾丸を、避け、ライトセイバーで斬り溶かし、フォースで止め、全て無力化する。
アーチャーはそれにひるまず幾度も引き金を引くが、その全てを同じように打ち落とす。
ブラスターの弾幕を退けるこの身に、この世界の弾丸などそれほどの脅威にはなり得ない。
そうしてマスターと他の三人が館から抜け出したのを確認すると、荒れ狂う『フォースの嵐』(フォースライトニング)を止めた。

「その剣、その膨大なエネルギー……お主は、本当にセイバーかの?」

老魔術師がこちらへと語りかける。

「答える必要はないな」

片手を突き出し、その老人へ向け、握りつぶすように手を閉じる。
フォース・グリップ――――空気中のフォースを凝固させ、その首を絞めるが
素手でも折れてしまいそうな、老人の枯れ木のような首はビクともしない。

「呵呵……首を絞めたぐらいでは、ワシは殺せんよ。さて……続けるかの?」

「悪くないが――この場で続けるほど、僕は馬鹿じゃないな」

四人が逃げ出したのなら、相手の魔術師の邸宅で戦いを続ける必要はどこにもない。
玄関前で、この蟲の大群なのだ。戦いを受け、館の奥へと立ち入ったのなら――――

「呵呵呵呵……!なるほど、なるほどな。お主が優秀なサーヴァントということは、よう分かったわ」

マキリ臓硯は、その和服の裾を翻すようにして、館の奥へ――光の届かぬ暗がりへと下がっていく。

「また、そう遠からぬうちに会うだろうて――――どうしても決着をつけると言うなら、いつでも来るがよい」

付き従うようにアーチャーも暗がりへと進む。
終始無言のその男は、まだ実力のいかほども見せていないのだろう――――。

かける言葉など、存在しない。
僕はライトセイバーをしまい、蟲の死骸を踏みつけて館を後にした。





五人全員が、オートパイロットで中庭から玄関へと回されたライダーの宝具『デロリアン』に乗り込んだ。

お爺様の言った通り――いや、ひとまずは寝返ったのだ。「臓硯」で構わないだろう。
もっとも、衛宮か臓硯お爺様、そのどちらかが死んだときこそ、僕は「マキリ」に立ち戻ることとなるわけだが。

ともかく、臓硯爺さんが口にしたように、桜の体が蝕まれている度合いはそれほど酷くないはずだ。
とは言え長年その体を蝕んだ蟲の暴走による痛みは、やはり地獄のものであるようで、息も絶え絶えである。
ボクは爺さんの言葉だけではなく、ここ最近の爺さんの様子からして、桜の命に別状はないと判断していたが
そのまま放っておけば、流石に危ないかもしれない。

しかし、マキリから譲られた刻印そのものでもある刻印蟲の大部分を取り除かれ
加えてさきほどの操作によって、その残りが魔力を吸い取られ死滅したとなると、もはや魔術師としては再起不能だろう。

衛宮は苦しむ桜に唇を噛みしめ、ライダーは桜を沈痛な面持ちで見つめながらも、決まらぬ行き先にハンドルを遊ばせている。
セイバーは――――コイツは、何を考えているか分からない。
あの状況で臓硯の爺さんとアーチャーのコンビを一時的にとは言え退け、ボク達四人を逃がさせたのは並大抵の実力ではない。
肝心の剣さばきの方は見れなかったが、あの紫電とその実績だけでその強さは十分に分かる。
どうやら衛宮と袂を分かつのは、コイツが死んでからになりそうだ。要注意のサーヴァントであることは間違いない。

オロオロしている衛宮とライダーはもちろん、桜にも行き先は決められないだろうし
セイバーは必要がなければ、このまま何年でもだんまりを決め込みそうですらある。
やはりリーダーとしてこの烏合の衆を束ねるのは、優れたボクの役割だろう――――!



1・教会に行って、桜をどうにかしてもらえないか頼んでみよう。

2・遠坂も巻き込んでしまえば、ボクはますます安全なはずだ。

3・桜は大丈夫だろ。衛宮ン家行こう衛宮ン家。

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