「さて、ひとまずは衛宮の家でいいかな。
 ライダー、車回してくれ。昼間は目立つから飛ぶなよ?衛宮は道の指示だ」

「待てよ慎二、桜をこのままにする気なのかっ!?」

突然の慎二の指図に、俺はもちろん抗議した。
ライダーも運転席から非難がましい視線を慎二に浴びせている。
すると慎二は、不機嫌そうに言葉を返した。

「ウルサイなぁ、ボクがそうしろって言ったら、素直に従えばいいんだよ。
 第一ボクは、何も知らないでずっとのんびり暮らしてた衛宮と違って
 ずっと魔術師としての目で桜を見てたんだよ?分かる?この違い。そのボクが大丈夫って言うんだ」

そう言われてしまっては、返す言葉がない。
思いが喉をつまらせ、顔を俯けかかったときに、桜が苦しそうに喋った。

「そんなこと……ないです……先輩は、ずっと、わたしのこと……力づけてくれました。
 わたしは、大丈夫、ですから……わたしは、汚れちゃってて、それが、先輩に分かっちゃったかも、しれない、けど……」

そこで桜は言葉をきって、もう一度俺の方を見て、言った。

「帰りましょう……先輩が、いいなら。わたしは、先輩の家に……居たい、です」

俺は、言葉ではないものが更に自分の胸をつまらせるのを感じた。
桜がどのような気持ちで俺の家に居たのか、どのような気持ちであの間桐の家に居たのか。
それは、正直なところ――――全く分からない。ただ。ただただ、胸がつまった。

「サクラちゃん、それでいいんだね、本当に大丈夫?」

ライダーのその言葉に、桜がこくりと頷く。
俺は桜を本気で心配してくれている人が、ここにもまた一人いると知って、ひどく心強くなる。

「そうそう、それでいいんだよ。ボクは全部分かってて命令してるんだからな!」

胸を張るようにして、慎二がそう言った。
車内に一瞬の間が訪れる。
俺もライダーも、セイバーも、苦しんでいる桜すらその一瞬の間を感じたらしかった。
俺は一つ咳払いをして

「あ、ライダー、そこの角、右に曲がってくれ」

と言った。
どうやらその微妙な間に、肝心の慎二だけは気づいていないらしく
ジャングルに踏み込む探検家一行に混じったお荷物の老人のように、一人だけ興奮に鼻息を荒くしている。
俺はそれを見て、ほんの少しだけ「友達やめようかな」と思った。



ひとまず俺の家についた。
離れに布団をしいて、桜を寝かせる。
しばらくすると、痛みも引いてきたのかすうすうと寝音を立て始めた。
本当はまだ寝入っておらず、安心させる為に半ば狸寝入りをしているのだろう。
それぐらいは俺にもわかる。
しかし、事実として落ち着き、少なくとも小康状態に入っていることから
真に寝入るのも時間の問題に思えたので、ひとまずはその場を離れた。後でもう一回様子を見に行くべきだろう。

桜が寝ている部屋の隣の部屋にライダーと慎二を通し、しばらくはここで寝泊りをしてくれるようにと頼んだ。
慎二はボロい布団だと嫌がったが、ライダーは「ベッドでしか寝たことがないから少し楽しみだよ」と言ってくれた。
セイバーは以前から俺の隣の部屋で寝起きをしている。
憎まれ口を叩いてはいても、基本的に俺のことを守ってくれるつもりでいるのだと思うと、少なからず心強い。

俺はつくづく周りの人に恵まれているなぁ、と思っていると
慎二が勝手に家の中を探索し、あまつさえ冷蔵庫を開けながら

「お、鯛あるじゃん。今日の夕食はこれな、煮付けで頼むよ」

と笑顔で言ってくれたのだった。



車庫がないので、デロリアンは中庭の隅に乗り入れて駐車することになった。
雨が降るようなら、何かホロのようなものをかぶせなければならないだろう。
送ってもらったというのに、ロクな駐車をさせてあげられないデロリアンに
何か申し訳ないような気がして、ライダーに頭を下げると

「え、あぁいや、いいよ。それよりさ、マーティって呼んでくれない?
 シンジはライダーって呼びたがるけど、なんかさ、慣れないんだよね。サクラちゃんにもそう呼んでもらってるし」

そうライダーは言った。
サーヴァントの真名の重要性については、眼前で恐ろしい一例を見ているため、身にしみていたいたのだが
それによって、かえってライダーのそのあけっぴろげな様子に、俺は確かな信頼と
こちらも隠さず言ってしまえば、微かな友情の芽生えに近いものを感じていた。
男同士の友情は知らずに育まれるものだが、しかと言葉を出したときにそれが進展するのは、ままあることだ。

「分かった。悪いな、マーティ。デロリアンをちゃんと駐車してやれなくて」

「いいよ、気にしないで。しかしそれにしても……」

マーティと俺の視線の先には、デロリアンを遠目に、しかし明らかに眺めているセイバーがいた。
好奇心を押し隠そうとしているが、どうにも隠せていない。
俺たちの視線に気づくと、口をとがらせてそっぽを向いた。

「おーいセイバー、興味あるんならよく見せてもらったらいいじゃないか。
 いいよな、マーティ」

マーティも愛車に興味を持ってくれているのは、どうやら素直に嬉しいらしく快諾してくれた。
セイバーは最初いかにも面白くなさそうな風を装っていたが、見る見るうちに遠慮がなくなっていき
ためすすがめつ、細部まで調べだし、その仕組みについてなにやら専門的な用語でマーティに質問までしだした。
マーティはどうやらこの車のエンジニアではないらしく、あるときは首肯し、あるときは分からないと答え
またデロリアンを見つめだすセイバーに隠れて、俺に苦笑いしたりしていた。

「過去のドクがデロリアン見たときも、こんな反応してたっけな……」

と、マーティが独り言のように呟いたとき、仲間はずれにされていることに気づいた慎二が
縁側から不平を叫んだ。
セイバーとデロリアンをマーティに任せて、俺は慎二の相手をしにいった。
そろそろもう一度桜の様子も見に行くべきかもしれない……



その日の午後は、そんな風にしているうちに、すぐに過ぎ去った。
慎二とマーティは適応能力が高いようで、夜にはもう何年もいる住人のようになっていた。
夕食は好評で、セイバーは黙々と食べ、慎二は「意外にやるじゃん」との不遜なコメントをした。
布団とベッドのことからも、文化圏が違うことが知れていたマーティの口に合うかどうかが心配だったが
一口目を食べたのち、こちらに「Good!」とサムズアップをしてくれたので、こちらも笑顔で親指を立て返した。

さて、寝るまでには時間がある。これからどうしようか――――



1・桜におかゆを作ってもっていってあげよう。

2・風呂に入るまでに、稽古をつけてもらって一汗かこう。

3・慎二に、桜のことや、魔術のことについて聞いてみよう。

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