慎二が桜を呼んできて、俺の魔術についての話し合いがなされた。
はっきりとしているのは、俺の適正が強化でなく投影であること。
そして、魔術回路の使い方があきらかに間違っているということだった。

何故親父が、俺に正しい適性や、回路の正しい開き方を教えなかったか、ということについては、はっきりとした答えはでなかった。
おそらく、慎二の親父さんと同じように、本当のところは俺に魔術師になどなって欲しくはなかったのだろう。

桜は刻印を失うと同時に、魔力を極限まで吸い取られ、魔術回路の働きもまた、死んでしまっていた。
それでも、それまで行使していたという経験は残っている。
慎二はそれから俺の魔術回路を正しく開く活路を見出そうとしたようだったが、結論としてそれはできなかった。

慎二は桜が俺のことを心配して、あえて言わないでいるのだと揶揄し、笑顔の桜に足をつねられていた。
慎二が冷やかすように言ったそれに、何故桜が赤面して嫌がったのかはよく分からなかったのだが
俺は元気になった桜の、今まで見せなかった一面がひどく嬉しかった。
腿の痛いポイントを(おそらく)全力でつねられていた慎二には、泣きが入っていたのだが。

その慎二が言うには、魔術回路を開くにはショック療法しかないだろうということだった。
間桐の家に戻れれば、そのための薬を調合することもできるかもしれないが、あいにく衛宮家ではできない。
あとは遠坂に頼るぐらいだが、俺が共闘を断ってしまっていたために、それも難しい。

桜は遠坂のことを説得してみる、と、午後から電話をかけると言い
それでも駄目なようなら、直接家に押しかけることも辞さない構えだった。

俺も勢いで共闘を断ってしまったとは言え、遠坂と戦いたくはない。
まして遠坂が桜の姉と知ったいま、戦うことは決してできない。

快復した桜が昼食を作ると聞かないので、それまでの間俺とセイバーは二人で道場に行き、稽古をすることにした。





剣道の授業でやったような中段の構えはとらない。
また、眼前に構えるセイバーのような、どちらにでも動けるようにとった、自然体ともいえる構えもとらない。
俺は、昨日初めて行ったセイバーとの訓練で折れた竹刀二本を修繕して作った
二本の短刀のような竹刀による二刀流で、両腕を下にたらす、変則的な下段の構えをとっていた。

「――行くぞ」

セイバーが気合を発することもなく、一動作で彼我の距離をつめ、上段から竹刀を振り下ろした。
俺はこれで先日竹刀を叩き折られて、たんこぶを作っている。
臆せず一歩つめ、その上で二刀両方を掲げるようにして受けることで、その力を分散した。

「――――っく――っ」

つばぜり合いのようになるが、力の差は歴然としている。
修繕した二本の竹刀からみしみしと音が聞こえる。
俺は交差した竹刀二本をすべらせ、竹刀を持つセイバーの手を狙った。
その瞬間、上からの圧力が強まり、竹刀をすべらせることすらできなくなった。
どうやら手加減してこれだったらしい。

「――あ――――りゃあぁっ!!」

俺は意を決して、右手に持つ竹刀をつばぜり合いから離す。
力を支えきれなくなった左手の竹刀で、なんとかセイバーの竹刀を左に逸らし、同時に体を右によける。
残る右手でセイバーの横腹に突きを入れようとした。無論全力だ。手加減をする必要を感じさせないのは――

「動きが単調すぎるな」

これがあるからだ。セイバーの声と共に、見えない力で突きを放った剣先が逸らされた。
逸らされるどころか剣はそのまま前へとひっぱられ、
既に左の竹刀を弾き落とされていた俺は、それを逃すまいと必死に掴む。
そこで、前のめりになって安定しない半身を支えていた足が、セイバーによって払われた。
支えを失った俺は、沖に打ち上げられたセイウチのように床に倒れこんだ。

「――終わりだ」

倒れこんだ俺の首先に、セイバーの竹刀の先が突きつけられた。
俺はあきらめて両手をあげる。

今の敗因を整理しようとしたところで、道場の入り口から拍手の音が聞こえた。

「スゴイね。今の力。一見したところ、魔術には見えなかったけど」

「――見ていたのか、ワカメ頭」

「間桐慎二だ!せめて『ライダーのマスター』とか呼べよ!」

道場の入り口には、慎二が立っていた。
家庭環境に恵まれていないところをまじまじと見たせいだろうか
セイバーは慎二に結構優しかった。
とは言っても素直でないコイツの親愛の発露は、こんな形なのだが。

ワカメ頭――もとい、慎二が道場へと入ってくる。

「――慎二、桜の手伝いしなくていいのか?」

「ライダーがやってるよ。ボクには料理なんかよりこっちが興味あるね。
 なに、衛宮。二刀流なんかしちゃって」

「それは――――」

俺はセイバーの方を見て、了解を求めた。
セイバーは無言でもって「お前が決めろ」と返してきた。

「それは、セイバーが持ってる力が関係してるんだよ。
 それが真似できない以上、セイバーの戦い方を真似してもしょうがないって言われてさ。
 色々考えてたんだけど、昨日折れた竹刀を使って短刀を二本作ってみたら、なんだかやけにすんなりくるんで使ってみたんだ」

「今が初めてだったの?それにしてはやけにサマになってたけどね。
 ――で、それを話したってことは、その力についても教えてくれるんだよね?」

慎二がそういったことに敏いのは、俺もセイバーも分かっていた。
俺がセイバーを見ると、セイバーはため息をついて話し出した。

「力の名は――『フォース』と言う。
 生物、無生物に関わらず万物に存在するフォースと、体内のミディクロリアンを通じて対話し
 それによってあらゆることを為す力。その総称だ」

「……なんだか宗教っぽいのか、SFっぽいのかよく分からないね。
 ミディクロリアンってヤツがないとその力が使えない。だから衛宮がフォースを使えないってこと?」

セイバーは秘密を守るべきだという倫理と、優秀な生徒を前にした教師の喜びとの間で揺れているようだった。
俺は慎二に隠さなければいけないこともないと思い、その先をうながすように喋りだした。

「セイバーが言うには、フォースが万物にあるように、ミディクロリアンもあらゆる生物にあるらしい。
 でもその量は個体差が大きいらしくて、セイバーには多くて、俺には少ない――」

セイバーが俺の言葉をつぐ。

「その量が絶対と言うわけではないがな。ミディクロリアンの多寡は、あくまで才能だ。
 努力と経験は、多くの場合才能を凌駕する。そも、ミディクロリアンとはフォースとの窓口だ。
 窓口が小さくとも、絶えず最大量を流すことができれば
 疎かな通りしかない大きな窓口よりも、多くの力をやりとりしうるだろう?そういうことだ。
 ……と言っても、才能に圧倒的な差があれば、覆しえない場合の方が多いがな。
 マスターと僕では、窓口の大きさと、転送率の高さ、両方において僕がはるかに勝っている」

「その言い方だと、衛宮もそのフォースとやらを使ってるみたいだけど?」

「……一応習ったんだけど……全然駄目だ。10円玉一枚浮かせられないよ。
 精神を集中させて、ここぞの一撃の命中率を上げるぐらいかな」

「熟練しさえすれば、身の丈ほどの巨岩だろうと意のままに動かし
 その応用で身のこなしを素早くするのはもちろん、未来を見通すことも可能になる」

それを聞いた慎二の目が輝く。

「それは……なぁ衛宮。フォース、教えてくれないか?」

ここでセイバーでなく、俺に聞くのが慎二のズル賢いところだろう。
こう言われて、魔術についての引け目がある俺が断れるはずがなく
また、プライドの高いセイバーが、目の前でそんな風に言われて――――

「そう簡単に教えていいものではないが……
 力を求めるものに、道を開いてやらないのもシスとして……」

教えないわけがないのだった。





「よし、ダース・ワカメ。まず精神を集中しろ。
 自分の中に存在するミディクロリアンの存在を意識し、それ以上に万物に存在するフォースを意識しろ。
 存在を信じ、それによる自分の全能を疑うな。ついでに嫌なコトを思い出して、その負のパワーを利用するんだ」

「イエス、マスター。仰せのままに」

慎二は目の前に示された、自分が獲得しうる魔術以外の力に強く惹かれ、完全に言いなりになっていた。
意外だったのは、セイバーが慎二以上に乗り気なことだった。
慎二に自分のことを「マスター」と呼ばせ、悦に入っている。
昔、その呼び名に関してなにかあったんだろうか……?

「……これは……!」

おちゃらけていたセイバーが目をみはった。
精神集中する慎二の服のすそが、ありもしない風に吹かれるように浮かびだしたのだ。

「お兄ちゃんって呼ぶなお兄ちゃんって呼ぶなお兄ちゃんって呼ぶなお兄ちゃんって呼ぶな
 お兄ちゃんって呼ぶなお兄ちゃんって呼ぶなお兄ちゃんって呼ぶなお兄ちゃんって呼ぶな」

慎二の哀切な詠唱が聞こえる。
うぅっ……なんだか意味が分からないはずなのに、目から塩水が出てきやがったぜ……!

「……よし、目を開けろ。ひとまず、そこの竹刀を持ち上げてみるんだ」

セイバーがそう声をかけると、慎二がくわっと目を見開いた。
精神集中のあまり、軽いトランス状態に入っているようだ。
慎二が突き出した右手をくいっと上げる。すると――――

「おおっ」

思わず感嘆の呻きをもらしてしまった。
竹刀はゆらゆらと不安定ながらも、しっかりと空中に浮いたのだ。

「すっ素晴らしいぞダース・ワカメ!アンリミテッドパゥワーだ!
 次はその竹刀を自分の方に引き寄せてみるんだ!」

「うっ……ぐううぅっ……!」

慎二は再び目を瞑り、精神を集中する。
上げることより引き寄せることの方が難しいのか、前に突き出した手も震えている。

「おぉっ……が、頑張れ慎二!」

つい応援してしまう。
手に汗握る……が、慎二の全身をつたう汗はそれ以上だった。
それどころか、噛み締めた歯が唇を食い破って、血がたれてきている。
しかし、ここまできて止めるのは漢として断じてできない……っ!


「――――うがあああぁぁっ――――!」


慎二が吼えた。
その叫びに応えるようにして、竹刀は宙を舞い――――


「――――がぁぁっ――うぉごっ!?」


目を瞑っていた慎二の腹部に、凄まじい勢いで直撃した。







「――――慎二っ!大丈夫か、慎二!」

「うっ……うぁ、あ――――」

慎二が目を開けた。
というより、息を吹きかえした。

「慎二っ!大丈夫か?」

虚ろな目のまま慎二が喋る。

「お父様……三分しか会えないなんて……」

会ってきたのか。
時間も正確だし……。

「危うくフォースに還りかけていたな」

……。

気づくと、ドタバタと廊下から足音がしてきていた。
道場のドアを開けて、ライダーが入ってきた。

「――――シンジ!今なんか偽臣の書の記述が急激に薄くなってたけど……大丈夫?」

……本当にフォースに還りかけていたらしい。

「えーっ、あーっ……おぇっ――――全然大丈夫じゃないよ!
 糞っ!セイバー!もし僕がこれで怪我ですんでなかったら、どうする気だったんだよ!」

「ああ、なんだ。いつも通りだね。サクラちゃんが昼食できたから、みんな呼んできてってさ。
 じゃ、お皿運ぶの手伝ってくるから」

ライダーはのた打ち回る慎二を見て、安心して去っていった。
……慎二の安否はついでだったのか……。

「……行くか」

昼食の時間がきた。
先ほどまで渦巻いていたよく分からない熱気も消え
イヤになるほど冷静になる俺とセイバー。

「うん。あ、セイバー、昼食の買出しのときに、おせんべいも買っといたぞ」

「ふむ」

ここ三十分ぐらいの記憶をまっさらに消去して道場を後にする。

こうしてダース・ワカメがラスボスになるというピンチは去ったのだが
彼の隠されたフォースの才能は、大して伸ばされることなく埋もれるのであった、まる。



『Tous pour un, un pour tous』

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