遡ること四日、聖杯戦争開始前夜――――
「……ほう、悪くない……いや、美味いな。うむ、美味い。なかなかの紅茶だ。娘、悪くないぞ」
ソファーにふんぞりかえる男は、尊大にそんなセリフを放った。
わたしは少しだけ自分のこめかみがひくつくのを感じた。
時計の時間がズレていたことから、誤って呼び出した英霊がこの男だった。
水色の生地と茶の皮革、アクセントに銀がところどころにちりばめられるという西洋貴族風の衣装に身を包んだこの男は
召喚の失敗によって、ガレキの山と化した部屋の片付けを手伝いすらせずソファーに寝っ転がり
あまつさえ衣服にかかる埃に眉を寄せてすらいた。
わたしは頭を抱えながらも、自分の不始末、と部屋を片付け
最後に、待たせたお詫びと秘蔵の葉で紅茶を淹れた。
それに対するコメント――――第一声がそれだったのだ。わたしのこめかみの痙攣を誰が責められるのだろう?
「……で、貴方のクラス・真名・宝具を聞かせていただけるかしら?」
わたしは笑顔をつとめた。否、何もしなくても顔は笑顔になっていた。
怒り心頭に達すると、自然と笑顔になる人間は少なくない。
「――いいだろう。我輩の名はダルタニャン。誇り高き四銃士が一人にして、第一銃士隊隊長ダルタニャンだ。
クラスはランサーとなっておる。して、娘。お前がマスターか」
「えーえ、そうよ。見たところ、ステータスは平々凡々と言ったところだけど……
大口を叩く貴方は、ところでどれほどの宝具をお持ちなの?」
「……そうか。マスター、この身が使える宝具はただ一つ。それもかなり特殊なものだ。
論より証拠。レイラインからの魔力供給を断って、我輩を霊体にしようとしてみるがいい」
わたしは何やら試されているようで、不機嫌に輪をかけるように面白くなかったのだが
ひとまず言われたとおり魔力供給を断った。しかし――――
「霊体に……ならない……?」
「そうだ。この身は召喚された直後から、半ば受肉している。
正確には、マスター、お主を寄り代として現世の存在に限りなく等しくなっている、と言った方がよいな。
常から霊体であることは変わりないし、令呪を使用すれば霊体化することも可能だろう。
我輩の宝具の効果の一端だ」
「……それって、他のサーヴァントよりマスターとの結びつきが強いってこと?」
「そうだ。なかなか察しがいいな。では次に、右手を上げてみるがいい。
ただ単純に体を動かすのではなく、自分の中に存在する霊的な感覚を一緒に動かすことを意識して、上げるのだ」
わたしは釈然としないまま、精神を集中させて右手を上げた。
するとそれに合わせてランサーも右手を上げた。
「……ねぇ……」
堪忍袋の緒が悲鳴をあげている。
「……馬鹿にしてるのかしら……」
分かる。わたしは今物凄い笑顔になっているはずだ。
「いやっちょっ、ちょっと待つがいい。待て。待って下さいマスター。ふざけてるわけじゃない。ないです」
ランサーはソファーに座ったままだが、少し腰が引けている。
私はそれを見抜くまでもなく感じ取って……感じ?
ランサーが右手と同じように、左手を上げた。
すると、私の左手も、右手と同じように上がった。
無論、わたしが意識して真似をしたわけでは決してない。
「これは……」
「もちろん、全ての動きをお互いが模倣するわけではないぞ。それでは行動もままならん。
ただ、意識してしようとすれば、こういうことも可能だと言うだけだ。こんな風にな」
そう言って、ランサーがまだ暖かい紅茶のカップに手をつけた。
するとわたしの手の平にも、同じようにカップの温かみが伝わってきた。
「この程度の変化ならば、任意で伝えるか否か選ぶことができるが
身体への大きなダメージや影響、強烈な痛みなどは必ず伝わるようになっておる。
この身が傷つけば御身も傷つく。御身の血が流れれば、この身の血も流れる。
これが私の宝具――『剣に誓いし永久の友情』“Tous
pour un, un pour tous”だ。
生前、誓いあった友と誰とも一緒に逝けなかったせいか……因果なものだがな」
「……それは、ひょっとして死ぬときも一緒になるってこと?」
「そういうことだ。この宝具による我ら二人の結びつきは強い……マスターが死ねば我輩も死ぬし、我輩が死ねばマスターも死ぬ。
前衛であるサーヴァントと完全に生死を共にするのは、後衛であるマスターからすれば、ありがたくはないだろうな。
嫌なら、聖杯戦争からリタイヤして、令呪を放棄すればいい。そうすれば宝具の効果はもちろん消える」
ランサーは投げやりにそう言った。
『こちらこそ弱いマスターのせいで死にたくはないからな』といった風情だ。……上等じゃない。
「……いいわ。ひとまず宝具の効果を最後まで聞きましょう。
契約続行かどうかはそれからよ」
「そうか。なら説明を続けるとしよう。この宝具の利点は大きく分けて二つある。
一つは、我らの結びつきが強くなればなるほど、我輩の性能は上昇するということだ。
サーヴァントはマスターの為に、マスターはサーヴァントの為に、お互いを信頼し、助け合うことができたならば
我輩はたとえ相手がセイバーであろうと、真正面から打ち合い、それを打ち負かすだろう。
ただし、お互いがお互いを信頼せず、捨て駒や手段の一つとしてしか考えられないならば、我輩の力は減少する」
「それは、単純なチームワークということではなく、貴方の性能ということなの?」
「そうだ。貴君が、我がマスターとして、真に仕えるに値する君主と証明し
なお我輩をサーヴァントとして信頼するのなら――約束しよう。我輩は最強のサーヴァントだ。
御身の剣となりて、戦場を駆け、敵を討ち、必ずや勝利をもたらそう。永久の友情を約束せしこの剣にかけて、絶対を誓う」
ランサーの目は、かぶっている鍔広の帽子の作る影に隠れていたが
鋭く光る眼光は、その小さな闇を切り裂くようにしてこちらに向いていた。
「――分かったわ。それで、二つ目の利点は?」
「ふむ……決断が早い。頭の回転が早いな。女子としては上出k……分かった。話すからそう睨むでない。
二つ目は、意思疎通の効率化と、それに伴う命令の強化だ。普通のサーヴァントとマスターでも、レイラインによる通話が可能だが
我々のそれは、もっとテレパシーに近い。あやふやなイメージや概念でも、それをそのまま互いに伝えることができる。
戦闘中の連携をスムーズにとることができるであろうな。
そして命令の強化――お互いの信頼が結ばれ、この利点を最大限に生かすことができるようになれば、究極的には令呪は必要なくなる」
「令呪と同じだけの効力を、ただの命令で発揮できるわけ……?」
「相違ないな。ただし、お互いの信頼がその要求に見合うほどの強度で結ばれていなければ、その対価として令呪は消費されるし
十分なだけの結束ができていたとしても、その行動が無茶であれば、それ相応の魔力を消費することになる。
例えば『死ぬ気で次の攻撃を放て』という命令を発し、それに耐えうるだけの魔力の供給が無ければ
我輩は『死ぬ気で攻撃を放って』その結果として文字通り死に至る。そして我輩の死はすなわち――――」
「わたしの死とも直結してる、ってことか……」
「そうだ。それで、どうする。契約を続行するかどうか――今すぐに決めろとは言わんが」
「いいわ、一緒に戦いましょう、ランサー。これからよろしく頼むわ」
ランサーは、帽子の鍔を上げ、私を見た。
「相手が普通の魔術師なら、サーヴァントを失ったマスターをそのままにしておくはずがないもの。
だったら死を共にするのなんて、どの道同じ。それに、最初っから負けることなんて考えててもしょうがないでしょう?
やるからには、勝つ。そうでしょう、ランサー?私の名前は遠坂凛。これからの聖杯戦争――
サーヴァントはマスターのために、マスターはサーヴァントのために。絶対勝ち残りましょう」
「……いいのだな?」
「主に何度も問いただすのが貴方の騎士道なの?」
それを聞いてランサーが吹き出した。
わたしのそれを咎めるような視線に対して、笑いを止め、ランサーは言った。
「ふっ……ははははは。いいだろう。先ほどから供給されている魔力も、申し分ない。
素晴らしい魔術師だ。仕える君として、十分とお見受けした」
ランサーはソファーから立ち上がると、私のもとにひざまずき、羽のついた鍔広の帽子を取って頭を垂れた。
「我が真名はシャルル・ド・バッツ・ド・カステルモール――又の名を、ダルタニャン。
槍の英霊となりて、御身と共に在り、御身を護り、御身の為に戦い、御身の為に朽ちましょう」
そう言うと、腰に携えたレイピアを抜き取り、抱えるようにわたしへと差し出した。
その背中に見える、第一銃士隊の紋章、水色の生地に光る銀十字に、わたしはその剣の重さを感じた。
――――臆することはなにもない。
わたしは遠坂凛。
ただそれだけで、ここに立っている。
揺らがず、折れず、わたしはここに立っているのだ。
剣を受け取り、柄を握って、持ち直す。
いつしか映画で見た騎士の任命を思い描きながら、彼の両肩に剣をそえて、言った。
「わたしの名前は遠坂凛。
貴方のマスターとして、貴方と共に在り、共に助け合い、共に戦い、朽ちることなく勝利を掴みましょう。
この命運、貴方に、貴方の剣に――預けます」
■
再び四日後――
「……うむ、悪くない。いや、美味い。マスター、いい紅茶だ」
「……ありがと」
連続猟奇殺人鬼として騒ぎになっているバーサーカーと対峙し、これと校庭で戦い
それを目撃し、殺されてしまった衛宮君を蘇生。
その後アフターケアに向かった衛宮邸で、セイバーにあわや全滅させられかけたのが、契約した次の日。
つまり今日からすれば一昨日の出来事だった。
昨日一日はスカ振りで、他のマスターとはもちろん、バーサーカーとの遭遇もなかった。
夜にしか行動を起こしていないのが原因なのかもしれない。
昼を早めにとって、今はまだ正午前だ。今日は昼から動いてみよう。
なにより……
「うむ、美味い」
することがないからといって、真昼間から、ソファーに寝っ転がって雑誌をピラピラとめくりながら
紅茶を飲みつつくつろいでいるコイツの姿を見ているのは、少し……なんというか……やるせないものがあった。
「行くわよ、ランサー」
1・マキリ邸に探りを入れてみる。
2・新都に行ってみる。