「……しまった」
人通りの少ない平日の昼間だったことが、逆に災いしたのだろう。
家を出てから「それ」に気づくことなくバスに乗り、乗っている間は車窓から町並みを見つめて考えを彷徨わせていた。
バスを降りるとき、二人分の乗り賃を請求されて、初めてその異常に気づいたのだ。
バスを降りたわたしとランサーは、駅前に二人で立ち尽くしていた。
「ねーねー、あれ何の撮影かな?」
「コスプレじゃない?」
「何のキャラだよ」
「クスクス」「うわー」「ママーあれ」「ジロジロ見ちゃ駄目っ!」
道行く人は皆、西洋騎士そのものの格好をしたランサーを見ると
『可哀想な人を見たときはどうするか』の見本とも言えるような反応をしてくれた。
そればかりか、ランサーはすれ違う人々と目が合うたびに
鍔広の帽子をとって、大仰かつ優雅に一礼をしている。これでは目立ってしょうがない。
「ちゃんと宝石も持って、何一つ忘れ物してないと思ってたのに……」
「令呪無しでは霊体化できないと、とっくに分かっていたではないか。
家を出るときにわざわざ指差し確認までしているのに、服について考えてすらいないから
既に何か用意してあるのかと思っていたら、なんだ。
マスター、ひょっとして結構抜けているところがおありか」
「……遠坂家の血筋なのよ……」
わたしはここ最近いいところがなかった。
召喚の失敗、衛宮君の家でセイバーに襲われたときの失態、交渉の決裂。
今度こそは、と戦闘に備え、虎の子の10の宝石は勿論、アゾット剣まで持ち出して懐に忍ばせていた。
忘れ物は一つもない。たとえ玄関を開けた直後にセイバーと戦闘になろうと、倒してみせる。
そう気負っていたのだが――――やはり、肝心なところでやらかしてしまった。
「……それで、ランサー。目立つからせめてその礼だけでもやめてくれない?」
「何を言う。『どんな時でも余裕をもって優雅たれ』が、家訓なのではないのか?
手袋を投げつけられない限りは、いついかなるときも優雅であるのが銃士の心得だ」
そういうランサーのしたり顔に、わたしは手袋を投げつけたくなる。
しかし今は仲間割れをしている場合ではない。
「お金は出来るだけ出したくないけれど……二つに一つね」
背に腹は変えられない。
このままでは若手漫才コンビの結成ライブになってしまう。しかも出オチ。
「売れそうにないな」
「こんな思考にコメントしなくていいわよっ!」
……どうしよう。
1・ランサーを路地裏に残して、恥を忍んで男物の服を買ってくる。
2・教会に逃げ込んで、言峰から服を略奪する。