言峰がどういう男なのか。戦うべきか、そうでないのか。
そう言ったやりとりは、わたしとランサーには必要ない。
機先を制して素早く二手に分かれ、各々の獲物に狙いを定めた。
「――――ふむ」
綺礼が自分の前に立ちはだかったランサーを見て、意外そうに声をあげる。
それもそのはず、アイツをランサーに任せるということはすなわち――――
チュイイイイイイイィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーンン!!
手負いとは言え、このバーサーカーを、わたし一人で相手することに他ならないのだから。
まず、こちらの唯一の武器である魔術に対しての抗力がどれだけあるのかを見極めなければならない。
チェーンソーの間合いの外からガンドを連射して様子を見た。
バーサーカーはそれしか攻撃がない、と言うかのように愚直な突進を繰り返す。
ガンドの直撃を受けても、その猛進は止まらなかったが、確実にダメージがある。
ガンドを重ねて喰らった部分が、病になるのを通り越して壊死し、今にも腐り落ちそうになっている。
HPと再生能力は高くても、魔術に対する防御力が低い。パワータイプの見本みたいなヤツだ。
<あるいは四天王の一人目、もしくは土属性の中ボスタイプだな>
<――――戦闘中にまでよくもそんな軽口を……!>
暢気なことを考えているランサーに、ちらっと非難のまなざしを向けた。
綺礼は黒鍵を手にランサーと戦っているが、その神父服が血にまみれていることからも
ランサーの優勢は明らかだった。
黒鍵は投擲するための武器だ。
しかし、中距離の間合いから瞬時に攻撃を当てるほど素早いランサーの射程距離から、逃れることはできない。
自然と、手にもった黒鍵で切り結ぶ格好となる。
だがそうなると、黒鍵もまたレイピアと同じ刺突用の武器だ。
そして、突きを主体とした接近戦において、ランサーを凌駕しうるものは一人として存在しない。
綺礼には魔術もある。今しばらくは持ちこたえるだろう。それなら――――
「――こっちも、いいところを見せなきゃね――!」
ガンドを乱射しつつ距離を保つ戦法をやめて、バーサーカーの突進を闘牛士さながらに避ける。
得意の近距離戦に持ち込めたバーサーカーは、わたしに向けてチェーンソーを振る。
ぶぉう、と空気を切り裂くようなチェーンソーの大降りが、わたしをかすめた。
避けると同時に、バーサーカーの顔へ目掛けてガンドを連射。反動を生かして後退する。
――――避けられる。このバーサーカーと、英霊と、わたしは真正面から向き合える。
衛宮君が、セイバーを呼び出すまでの防戦に成功した、と言っていたことから
同じことなら、自分にもできるのではないかと思っていたが、思った以上に上手くやれそうだ。
ランサーが与えた全身への傷が、まだ完全に癒えていないことも大きかっただろう。
目を離さず、絶えず視界に入れてさえいれば、その傷は癒えないことも分かってきた。
バーサーカーがガンドの連射を喰らった顔を、ぬぐうようにして手で隠すと
壊れかけたホッケーマスクともども、首から上のダメージが消え去った。
――次の激突で、勝負をつける――!
バーサーカーがチェーンソーに合わせるように唸りを上げ、わたしへ突進してきた。
わたしは覚悟を決めて呼吸のタイミングを合わせると
そのチェーンソーに大した神秘がないことを祈りながら
10の宝石のうち、1つの魔力を開放して障壁とし、チェーンソーの一振りを弾き返した。
あらぬ方向へと弾かれるチェーンソーを横目に、もう1つの宝石の魔力を開放する。
バーサーカーのふところへと入りこみ、その胸へ、直前まで宝石を握りこんだ掌底を叩き込んだ。
「――Anfang――Mein Feind mus brennen!」
瞬時に発火、燃えあがる炎がバーサーカーの全身を包んだ。
声なき叫びをあげ、暴れ狂うバーサーカーから距離をとる。
「――勝っ――た――――!?」
相性が良かったことは確かだ。大事な宝石も二つ消費した。
だが――よもや人の身である自分が、英霊を打倒するとは。
その事実に、正直自分自身驚いている。
<……決着がついたようだな>
ランサーのその伝心に振り向くと
倒れた言峰の首に、ランサーがレイピアの切っ先を突きつけていた。
紛れも無く、これは完全な勝利だ。
「強く――――なったな、凛」
倒れたままの綺礼が、そんなことを言った。
わたしは、わたしがバーサーカーを打倒する最後の決め手となった体捌きが
綺礼から習った中国拳法の型だったことを思い出して、胸にくる何かを感じた。
だが、わたしは魔術師だ。それをなんとか飲み込んで、綺礼に向き直る。
「……勝負はついたわ。今すぐ令呪を放棄しなさい。それなら、命までは取らない」
<――――マスター>
ランサーが何か言いたげにこちらを見る。
分かっている。本当は、これでもまだ甘い。
本当の魔術師ならば、有無を言わさず――――しなければ、ならない。
「……ふ……教え子に命乞いを強要されるとは、な」
「――無駄口は――」
「聞くがいい、凛。これは、お前の父親の話だ」
突然出たその単語に、わたしは動揺する。
振り切ったはずの想いが、またわたしの胸に去来する。
「おまえの父――私の恩師、遠坂時臣は前回の第四次聖杯戦争で命をおとした。
その話を、私はお前にしなければならない」
明かされなかった真実。
幼心に求め、それでも開けなかった。求めようとする自分を、戒めすらした。
その扉の鍵が、いま眼前にある。
今聞かなければ、父の死は永遠に私に届かない。今際の言葉すら、知ることはできない。
その想いが伝わるのだろう。ランサーはレイピアを言峰に突きつけたまま、口をつぐんだ。
「わたしは――」
「命乞いをするつもりはない。聞くか、聞かないかだ」
永遠に思える逡巡。
その果てに、遥か昔に振り切ったはずの想いが、ついにわたしを捕まえた。
「――――話して、綺礼。わたしの父の最期がどうだったのか」
わたしは、とうとう自分からそれを求めてしまった。
魔術師になるため、鉄にしたはずの心が、わずかにほころびを見せた。その瞬間だった。
「お前の父、遠坂時臣は私が殺した。不意打ちによって――――今のお前のように」
――ブゥン――と、音がする。
それは何の音だったのか。
ひょっとすると、わたしの心がたてた音だったのかもしれない。
わたしの世界の完全な停止に、わたしだけでなく、ランサーも動けない。
後ろから振るわれた黒い刃に、わたしの右腕は根元から斬り落とされた。
わたしの傷に連動して、ランサーの右腕も根元から千切れ落ちる。
「――――おおぉぉぉっっ!!」
なりふり構わぬランサーのその雄叫びが、わたしとランサーの時間を再び動かした。
断たれた右腕が取り落としたレイピアを、左手で掴み取り、綺礼を狙う。
だが、それはほんの少しだけ遅かった。
半身を起こした綺礼の蹴りによって、バーサーカーのいた方へと飛ばされる。
わたしは飛びそうになる意識を必死に抑え、魔術で右腕の止血をする。
「――ふむ。よくやった、セイバー」
綺礼は私の右腕を拾い上げ、そう言った。
わたしはその言葉に耳を疑い、わたしの右腕を斬り落とした男を見る。
『コー……ホー……コー……ホー』と、不気味な吸気、呼気音が聞こえる。
黒い光沢のあるヘルメット、全身を包む黒い防護服、肩から足元まである大きな黒いマント。
違う。これは、衛宮君の連れていたセイバーとは、全く。
何より違うのは――――その手に握られている光刃までも、紅ではなく……黒だ。
「……イエス、マスター」
その男が――――セイバーが、綺礼の言葉にそう応えた。
「ふむ……令呪を移し『主変えに賛同しろ』とでも言いたいところだが……
凛、お前の右腕が断たれるのと同時に、ランサーの右腕も落ちた。これは何かある……宝具の効果か……?
もっとも、三体もコントロールするのは流石に有効な戦術とは言い難いが、な……」
綺礼は右腕の袖もまくりあげ、そこにある令呪を見せる。
「これは聖杯戦争の開始を控えて、教会に駆け込んできたおろかな魔術師のものだ。
バーサーカーを呼び出したはいいが、コントロールができない。
令呪を1つ使用してマスターを殺さぬようにはしたが、それ以上の制御はできそうにない、とな。
令呪を移植しようかという私の申し出に喜んで協力した男は
次の瞬間自分のサーヴァントでなくなったバーサーカーに殺されたよ。
なかなか<面白い>見世物だった。
もっとも、私以外にあのバーサーカーをコントロールすることができるものは、いないだろうが」
そう言うと、綺礼は遊び終わった玩具を投げるかのように、私の右腕を投げ捨てた。
「さて、凛。話の続きをしようか」
「――っ――何が続きよっ!卑怯な手を……」
「卑怯?卑怯と言ったのかな。魔術師に、敵マスターに向かって?」
わたしは、自分の甘さに唇を噛み締めた。
「……聞くがいい、凛。
十年前――――第四次聖杯戦争において、私とお前の父は師弟であり、同時に二人ともマスターだった。
手を組み、勝ち抜き、残るは私とお前の父、そして衛宮士郎の父、衛宮切嗣のみとなった。
私の連れていたこのセイバーは、他の二人の連れているサーヴァントに勝るとも劣らぬ強さだったが
今のように、従順ではなかった。隠していた私の本性に気づき、それを恐れていたのだ。
私は衛宮切嗣との決戦を翌日に控えた夜、私を信頼しきっていたおまえの父を、この手で殺した」
「……よくもっ……よくもそんなことができたものね。聖杯を手にするために……見損なったわ」
「今もそうでないが……そのときの私が求めていたのも、願望機でも、第三魔法でもなかった。お前の父と同じだ。
根源へたどり着くため。報われず、彷徨い続ける人間達の祈りに応えぬ神へ、私は問わなければならないことがあった」
「同じよ。それが如何に尊い理想であろうと、正しい理念であろうと、汚れた願望であろうと
アンタは外道に落ちた。ただそれだけよ。それを今も繰り返してる」
綺礼は、わたしのその言葉に冷笑を浮かべる。
「……話を続けよう。私は衛宮切嗣と戦い、そして敗れた。
だが、五体のサーヴァントを吸収し、半ば以上起動していた聖杯にたどり着いたのは、私が先だった。
私は衛宮切嗣を倒し、自分の目的を改めて願うため、衛宮切嗣の足止めを聖杯に願った。
だが――――聖杯は、単純な願望機ではなかった。第三次聖杯戦争の折、その中身を汚染されていたのだ。
歪んだ願望機は、その汚れた内容物である泥を辺りに撒くことにより、私の願いを間接的に叶えた。
泥は近くにいた私、セイバー、衛宮切嗣を含めた全てを汚染し、辺りを火の海へと変えた。
惨状から聖杯の汚染に気づいた衛宮切嗣は、己のサーヴァントに命じ、聖杯を破壊させたのだ……」
綺礼が喋るあいだ、わたしは必死で精神を集中させていた。
今なお燃え続けるバーサーカーの隣にまで蹴り飛ばされたランサーは、倒れ伏せているが、死んではいない。
当然だ。わたしが死ねば、ランサーも死ぬ。ランサーが死ねば、わたしも死ぬ。
ならば、私が死ななければ、ランサーもまた死なない。
今をおいて、宝具の効果を発揮するときはない。
宝具による命令だけでも、令呪による命令だけでも
今の状態からの行動は、マスターとサーヴァント両方の命に関わるだろう。
だがその両方ならば――――やってみる価値はある。いや、やらなければならない。
わたしとランサーは心を通い合わせ、最後の反撃に転じた。
1・言峰を狙う。
2・セイバーを狙う。