斬られた右腕にある令呪を行使することはできないが、ランサーの宝具の効果なら
この状態からでも、反撃に転じることができる。
無論、決めたあとの命の保障はどこにもない。
今ならまだ余裕があるが、ランサーがその負傷を押して最高の一撃を叩き込むほどの魔力を消費すれば
腕の止血ができるかどうかは、五分五分だろう。少なくとも、二度とつながることはない。

――――ただそれでも。
わたしは、遠坂凛は、この男を見逃すことは決してできない。
復讐の念が全くないと言えば嘘になる。

だが、それ以上に確かなのは、それだけではないと言うことだ。
このままいいようにしてやられるのは、我慢がならない。
饒舌に喋るコイツに、目にものを見せてやらなければ、死んでも死に切れない。

目を合わさずとも、ランサーもそう思っていることが分かる。
わたしとランサーの同調は、この極限状況において、これ以上ないほどに高まっている。


そう。そこに言葉は不要ず――――!


倒れたままのランサーが、その場から消えた。

わたしには分かる。
わたしの命を受けたランサーが立ち上がり
知覚しえないほどの速度で左手に掴んだレイピアを綺礼へ突き立てようとし――――

その寸前で、レイピアを持つ左手首が、何の前触れもなくぽとりと落ちたことが。

「――――え」

ランサーからバックしてきた感覚で、はじめて
自分の左手がセイバーによって斬り落とされたのだということに気づいた。

レイピアを取り落としたランサーは、そのままの勢いで手の無い腕で綺礼を殴り飛ばした。
綺礼を殴ったランサーはその場に倒れ、吹っ飛んだ綺礼をセイバーが受け止める。

「――――見えていたのか、セイバー」

「……イエス、マスター。
 手を切り落として防ぐのが精一杯でした。申し訳ありません」

綺礼の言葉に、独特の呼吸音を出しながらセイバーが応える。
わたしは必死に両腕の止血をほどこしながら、それでも反撃の手立てを探す。

しかし、今もランサーとつながっている感覚が、彼の卓越した戦闘論理が
どうしようもなく決定的に結論を導き出してしまう。

――――万事休す。もはや、1つの糸口もない。

「構わん。
 ……さて、凛。
 少々思った以上の反撃にてこずったが……ほかに手立てはあるのかね?」

「……さあね……生かしておいたらマズいと思うんなら……早く殺せば?
 そうじゃないと……今みたいに……やられるかもしれないわよ……?」

わたしは荒くなった呼吸をなんとか整えて、必死に綺礼と話す。
だが、綺礼は何もかも見透かしたように、ふっと笑って言った。

「……それも答えだ。
 なら凛、何故私がこうしてお前に聖杯戦争の内幕を話していると思う?」

「――――わたしの隙をつくためでしょう?
 もっとも……嘘を吐かないアンタのことだから、お父様を殺したのも本当でしょうけど」

「私がバーサーカーとセイバー両方を従えていると分かれば、お前は一旦引くだろう。
 もっとも、セイバーと私だけでお前たちを迎え撃ったところで、負けるとは思わんがね」

綺礼は嘘を吐かない。
本当のことを喋らないようにボカしたり、誤魔化したりはしても、嘘を口にすることはない。
なら、真正面から向き合ったとしても、セイバーはそれだけの強敵ということになる。
事実、その黒い光刃――否、闇刃というべきだろうか――
それを衛宮くんが連れていたセイバーと同じように振るうとすれば
それだけで、バーサーカーを圧倒したランサーに、不覚をとらない手だれだということは分かる。

「私がお前にこれらの話をしたのは、他でもない―――お前にわたしを満足させてもらうためだ。
『それが如何に尊い理想であろうと、正しい理念であろうと、汚れた願望であろうと』
 そう言ったな?それは正しい。たとえそれがどんな想いであろうと
 人は自分のエゴの為に他者に関与し、ときには傷つける権利を生まれながらに有している。
 私は、私のエゴを聖杯の泥の中に見出した。それは泥の中と同一であり、わたしの起源と同一だ。
 分かるか、凛?」

綺礼はそう言うと、断たれた私の右手首を拾い上げ
その斬り口に――――噛み付いた。

「――――っ――くっ――」

精神だけではこらえきれない吐き気を、なんとか押しとどめる。
肌色が、白が、黄が、赤が、血が――――したたり、流れ、綺礼の黒い神父服に跡をつける。

「……そう、泥の中身は『この世全ての恐怖』だ。
 聖杯を汚染したサーヴァントは一体ではない。
 第三回聖杯戦争に現れた全てのサーヴァントが人々の恐怖から作り出され、そしてその全てが聖杯を汚染した。
 バーサーカーもまた、人の恐怖によって作り出された存在だ。ゆえに、泥に堕ちた存在である私は、彼を使役できる」

綺礼はそう言って、わたしの手首の縁を噛み千切った。
肉片を吐き出し、言う。

「最後に一つ、試しておかねばならないことがあるな。
 お前の右腕を断つと、ランサーの右腕が落ちた。お前の左手を断つと、ランサーの左手が落ちた。
 さて、その逆はどうなのか――――」

……ヤメロ。ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ……!


「バーサーカー、ランサーの首を斬り落とせ」


全身を黒く焦がし、いまだくすぶる炎に身を焼きながら
不死のサーヴァントがまたも立ち上がり、伏せるランサーの下に近寄っていく。
振り上げたチェーンソーが唸りをあげる。


……チュイイイイイイイィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーンン!!


それは、どこか滑稽な音。画一的で、無慈悲な、機械の出すありふれた音。
この数日で、何度も聞いた音。そのすぐ近くに、死を常に起こしてきた音。


                             ……ごろり。


そうして『この』わたしは、そのときちかくにきていた、そらをとぶくるまのおとにさいごまできづかなかった。



          ――――DEAD END.




(本家Fateキャラの)サーヴァント道場へ行きますか?


1・はい(道場後、本編へ)

2・いいえ(本編へ)

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