言峰は突進する俺と慎二を見て、黒い十字架のような形をした剣を取り出し
両手の指の間に挟むようにして、複数本を構えた。
既にその神父服は血に染まり、明らかな負傷を示しているが
それでも俺と慎二、どちらかだけで戦えるような相手ではなさそうだ。
遠坂の保護はランサーを運び終わった桜とマーティに任せることにし、俺と慎二は神父と対峙する。
「ほう――――よもや衛宮の息子の隣に、マキリがいるとはな。因果なものだ」
「言峰、お前と話すことは何もない。遠坂から離れろ」
俺は言峰に取り合わず、一方的に告げた。
「……お前たちの父同士が殺し合い、一方が一方を殺したとしてもか?」
俺はその言葉に少なからず動揺した。
……だが、慎二から出た言葉には、欠片の震えもなかった。
「ウルサイよ、血まみれ糞神父。
アンタがなんと言おうが、信じる根拠なんてどこにもない。
たとえそれが本当だったとしても、ボクと衛宮はもうとっくの昔に友達だ。
顔もロクに覚えてないような馬鹿な親父どもが勝手に争おうと、殺しあってようと、ボクらには何の関係もないね」
ああ――――
「ふっ、ふ、ふはははは……聖杯戦争を、馬鹿な親父どもの勝手な争い、か。
いいだろう、来るがいい。衛宮士郎、マキリ――――」
まったく。
「間桐慎二だ。行くよ衛宮、ボクがこれで援護する」
まったく、お前は。
「ああ――――頼んだ。任せるよ、慎二――――」
――最高の親友だよ。
「――――同調、開始」
俺は手にもった二本の木刀を強化する。
視界の端で慎二が顔をしかめるのが見えたが
ここで張れない意地なんて、ここで賭けられない命なんて、なんの役にもたちはしない。
「――――同調、完了」
全身に感じる、炎に包まれたかのような焼ける痛みと引き換えに、見事一発で強化を成功させた。
言峰に向かって駆ける俺の後ろから、慎二が言峰に向けて銃を撃った。
言峰はそれを、手にもった黒い十字架で弾き飛ばすと同時に、十字架をそのままこちらへと目掛けて投げてきた。
その一つ一つを、渾身の力で叩き落し、言峰へと迫る。
俺と慎二は、セイバーからある程度フォースの訓練を受けている。
無論、戦闘中に戦術に具体的に組み込めるほどの効果は見込めないが
フォースとの同調による擬似的な無我の集中によって、狙いを正確にするぐらいはできる。
それゆえの正確な援護射撃。それゆえの投剣の迎撃。
俺の突進が予想以上に早かったのだろう。
肉薄した俺がふるう強化された木刀を、言峰は手にもった黒い十字架で受け止める。
剣戟。
俺は型も何もなく、滅多矢鱈に木刀を振り回す。
後ろから響く銃声に合わせて、言峰が弾丸を払った隙を狙って、突きを放つ。
そのたびに言峰は、一歩ずつ、一歩ずつ、後ろへと下がっていく。
――――押している。流れはこちらにある。
「――――桜!ライダー!ランサーを運べたら遠坂を頼む!」
慎二がそう叫んだ。
俺はまた木刀を振るおうとし
「――が、ぐぉっ――」
その腹部を、言峰に蹴り上げられた。
5mぐらいは吹き飛んだか。
全ての臓器が口から出ようとし、圧迫された肺は空気を吐き出した。
視界が白く染まり、色も味も分からない液体を、ただひたすら地面にぶちまける。
「くっ――――衛宮ぁっ!」
慎二の声が聞こえる。
「先輩!」「シロウ!」
桜の声が、マーティの声が聞こえる。
白んだ視界が、少しだけ色を取り戻した。
「それ、より――早く、遠坂、を――――」
震える喉で、それだけ伝える。
桜は唇をかみしめて、遠坂の下へと走った。マーティもそれに続く。
視界が、輪郭を失いながらも、色を完全に取り戻すした。
言峰は俺を蹴り飛ばしたところから動かず、慎二に向けて十字架を投げ続けている。
慎二はなんと、その投剣を弾丸で打ち落とすという神業を見せていた。
が、それも全てを撃ち落せているわけではない。
全身から蒸気が上がりそうなほどの汗を流し、前のみを見つめる無我の集中。
だが、その手に握られているのはシングルアクションのリボルバーなのだ。
宝具ゆえ、弾丸を補給する必要はないが、撃鉄を起こすまでのタイムラグは致命的だ。
西部のガンマンさながらのファニングは、しかし言峰が黒い十字架を投げる早さに、はるかに及ばない。
見るまに投剣の幾つかが、弾丸をくぐり抜け、慎二をかすめ
ついにそのうちの一本がその腹部を深くえぐった。
弾丸の軌道が見えるようなスローモーションの世界で、慎二が地面に倒れた。
■
――――強い。
この男は誰だ。このジェダイは誰だ。このシスは誰なのだ。
その装備は全てが黒く、手に持つライトセイバーまでもが黒い。
シスの歴史をはるか遡ったとしても、このようなジェダイはいない。
振るわれるライトセイバーは速く、巧みで、そして何より強い。
マスター・ヨーダの速さの剣、オビ・ワンの巧みさの剣
そして――――自分自身の、力の剣。
そのどれもであり、そのどれでもない。
誰だ。この男は、誰だ。
満身の力でもって、紅い光刃を一薙ぎに振り、黒い闇刃と距離をとる。
おおよその制空権の端ぎりぎりから、大上段に光刃を振り下ろす。
すると、相手も全く同じ構えから、大上段に闇刃を振り下ろした。
つばぜり合いになり、お互いの顔が近づく。
黒い男の、不気味な呼吸音が耳に届いた。
「――貴様は誰だ。名を名乗れ」
『コー……ホー……コー……ホー』と聞こえる呼吸音にまじり、男の返答があった。
「私の名前は……ダース・ベイダーだ。若きスカイウォーカーよ」
「ふ、ざける……なぁっ!!」
ライトセイバーを握ったまま、フォース・グリップで男の首を絞める。
ダース・ベイダーを名乗るその男は、やはり同じフォース・グリップでこちらの首を絞めた。
お互いのライトセイバーを持つ手がかすかに緩み、失われた均衡に二本ともが弾き飛び、光刃が失われる。
「それは……僕の、名前だ」
「……そうだ。私の名前であり、お前の名前だ。
若きスカイウォーカーよ、無益なことはやめ、剣を収めろ。我々には、争う必要がない」
その言葉に取り合わず、両手を前に向け、全力でフォースと同調する。
「――――死ね」
指先から紫電が放たれた。
手加減はない。全身全霊全力のフォース・ライトニングだ。
普通の生物ならば、触れた部分が蒸発するほどの威力。
これを受けられるジェダイなど、一人として――――
ベイダーは手を前に突き出し、フォース・ライトニングを巻き起こした。
しかし、その雷光は黒く、こちらのそれより一層禍々しい。
電光はお互いの中間で炸裂する。
吹き荒れるフォースの嵐は、周囲の地盤を巻き上げ、触れる端から破壊する。
「――――馬鹿な」
お互いのフォースは拮抗していた。
それどころか、黒と紫の衝突点は、少しずつこちらへとずれてきていた。
「く……がああぁぁぁぁっっ!」
――――吹き飛ぶ――――!
電光の衝突は、黒が紫を塗りつぶして終幕した。
寸前でベイダーがフォースを止めていなければ、この身はもう霊体を維持できなくなっていただろう。
茶の胴着が、燃焼を通り越し、液化しているような音を立てて煙をあげる。
、 、 、 、 、
「受け止めよ、スカイウォーカー。そして、この暗黒面に身を任せるのだ」
■
慎二が倒れると同時に、セイバーが俺の横にまで吹き飛ばされてきた。
その胴着からは煙が上がり、顔にはいつものような余裕が全くない。
セイバーがこちらに気づき、言った。
「マスター、令呪を使え。このままでは全滅する」
「令呪……一体、なんて?」
「僕のフォースの力の源は、負の感情だ。悲しみの果てに、相手を憎み、殺そうとする。
焼けた鉄のように紅い感情だけが、俺を強くする。言え、マスター。俺に――――」
セイバーは憎しみに濁る紅い目で、立ちはだかる黒い男を見た。
「俺に――――あの男を、憎ませろ」
【Interlude】『light saber -red- U』