――――これは、白昼の夢。
言峰に蹴り飛ばされ気を失いかけた俺が、白む景色の中、ほんの数瞬の間に見た、幻のような夢。
一人の男の生涯の……その、終幕。
■
少年は、優れた師の下にたくましく育つ。
やがて彼は一人の、才能豊かな、我の強い、強情な青年へと成長していた。
それはひどく不安定で、危うい時期だった。
事実、彼のまわりのジェダイ騎士達は彼の類稀な才能を頼りにすると同時に
彼の暴走を懸念し、目を光らせ、自由な行動を取らせようとはしなかった。
だが、彼の兄代わりであり、父代わりであり、なにより頼れる友であった師、オビ=ワンは
誰よりも彼を案じ、それ以上に、精悍な青年へと成長した彼のことを誇りに思っていた。
またその青年、アナキン・スカイウォーカーを愛する女性もいた。名はパドメ・アミダラ。
身分の差に阻まれた、典型的な悲恋に思われたが、だからこそ彼らの愛は燃え上がった。
――――だが、当のアナキンのみが
その不安定ながらも充実しているはずの日々に、どこか色あせたものを感じ取っていた。
心はここにあらず。若きジェダイは遠くを見つめ
その目ははるか深宇宙、故郷に残した母のみに結ばれていたのだった。
彼を真に信用しようとしないジェダイ達から与えられた任務に、星間宇宙を飛び歩く彼が
その合間をぬい、ついに母の元へとかけつけたときは、既に手遅れだった。
彼の母は、死んだ。
何者にも代え難いはずのぬくもりが、腕の中で雲散霧消する。
フォースに還るとなど。そのようなまやかしが、どうして傷ついた彼の心を癒せようか。
万物に宿るのなら、万物をつかさどるのなら、母を生き返らせてみせろ。
それができぬのなら、それができぬようなものなど、全て――――
気がつけば、母を殺した異種族どもを皆殺しにしていた。
何も――――そこには、何も、ない。
彼には何もなかった。もはや全てが等しく無価値だった。
彼の世界は永遠に黒白。流れる時すら、彼を癒さない。
星の輝きだけが、彼を生かしていた。
陳腐な話。
人の目に映る星の光は、幾千億年前のもの。
星の輝きはそこにあっても、星がそこにあるとは限らない。
想い出という星の輝きを胸に、蒼く燃える星の輝きを振るう。
白熱する蒼が敵を打ち負かし、地に伏せさせ、その輝きをかき消すほどに輝くその瞬間。
そのときだけ、幾千億年前の尊い輝きは彼の目を眩ませるのをやめた。
色あせたその世界、確かに。
差し出された手。母へと至る救いの手。
黒白の中で、確かに。
その手は、黒かった。
■
「――――弟のように思っていた。愛していた。選ばれたものだったのに!」
パドメを斬った彼に、かつての師オビワンがそう叫んだ。
「――貴方もか」
紅蓮に燃え盛る火山の星で、二人は向き合う。
「貴方も――僕から去っていくのか」
――――もはや、言葉は無用。
空気を焼く音と共に、二つの蒼い光刃が顕現した。
アナキンの攻めの力の剣に対し、オビワンは守りの巧みの剣。
攻めに徹し、押し続けるアナキンの剣を、オビワンはいなし、そらし、受け止める。
攻めと守りが決まっているため、二人の位置は定まることがない。
絶えず動き、戦いの場を変える。
斬り合ううち、二人は火口の近くへと移っていた。
二人は溶岩の川を流れる壊れた建造物の上までも斬り合う。
オビワンは剣戟の合間に、揺れる建造物から、安定した岩場の上へといち早く乗り移った。
「――――終わりだ、アナキン。お前の足場は悪い」
アナキンは、溶岩の川を今にも沈みそうになりながら流れる、崩れた建造物の上。
対してオビワンは、安定した岩場の上だ。
アナキンは今すぐにでも岩場に乗り移らなければならないが
そのときにできるスキを見逃すオビワンではない。
だがそれでも、アナキンは降伏しようとはしなかった。
「アンタは……僕のことなんて何一つ分かっちゃいない――――!」
そう叫び、建造物から岩場へと飛び移る。
交差する一瞬。
オビワンのライトセイバーが、飛び来るアナキンの足を刈りとらんと閃いた。
アナキンのライトセイバーは、卓越した技術でその一閃を退ける。
だが、不自然な体勢からの一振りに、アナキンのライトセイバーは宙を舞い、オビワンの手中へと収まった。
「――――フォースに安定をもたらす者のはずだった!シスの暗黒面に屈するなんて!」
アナキンは答えない。
ただじっとオビワンを見つめる。
オビワンは意を決し、ライトセイバーを振り上げた。
アナキンはそれを見ると、そっと両手を前にかざし――――
手先から、死を招く紫電を開放した。
オビワンはダークサイドのフォースに対する防御にも長けている。
アナキンの放ったフォース・ライトニングを、奇襲でありながらも受け止めることができた。
だが、アナキンが完全なるダークサイドの技術を、突然使用したこと。
そして、それが自分の最も得意とするところと、あまりに噛み合いすぎたこと。
それらによる一瞬の逡巡が、勝負を決した。
――ブゥン――
と、空気を焼く音。
取り落とし、オビワンの手に収まった蒼い光刃とは違う、隠し持たれたもう一つの刃。
アナキンが取り出した紅い光刃が、オビワンの両腕を断ち斬った。
「――――あ――ぁ――ぐっ……あぁ……」
声にならぬ呻きを上げるオビワンが取り落とした、ライトセイバーの柄を蹴り飛ばし、アナキンが言う。
「シディアス卿に教えを乞うのがあと少し遅ければ、勝敗は変わっていたな。
終わりだ、マスター……貴方を――――」
アナキン・スカイウォーカーはここで終わる。
彼の名は、紅い輝きを振り下ろした瞬間、俺に名乗らなかった真名へと変わる。
これから先は、名乗られなかった真名を持つ男の物語。
アナキンが紅い輝きを振り上げる。
俺には分かる。その先を見なくとも分かる。その先を聞かなくとも分かる。
アナキン・スカイウォーカーの最後の言葉。それは――――
「貴方を――――愛して――――
紅い輝きが、蒼い輝きを砕いた。
■
1・令呪に告げる――――「セイバー、敵を殺せ」(憎め)
2・令呪に告げる――――「セイバー、敵を倒せ」(憎むな)
戻る